世界有数の大繁華街「新宿」 まち誕生の仕掛け人は「浅草の商人」たちだった!

日本有数はもちろん、世界有数と呼ぶにもふさわしい巨大な繁華街、新宿。商業施設街、オフィス街、歓楽街、官庁街などさまざまな表情を併せ持つこの街は、果たしてどのようにして誕生し、どのような歴史をたどって今の姿になったのでしょうか。ライターの屋敷直子さんがその系譜をひも解きます。


デパート、オフィス、バスターミナル

「新宿」と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか。

 歌舞伎町、新宿2丁目、新宿御苑など、個性的な区画が集まっている街というイメージがあるかもしれません。

 新宿駅周辺だけを見ても、デパートや大型店舗が多い東口、東京都庁をはじめとした高層ビルが建ち並ぶ西口、高速バスのターミナル「バスタ新宿」ができた南口と、それぞれの風景は違っていて、流れる空気も異なります。いずれにしても、新宿 = 繁華街のイメージが強い。

新宿3丁目交差点から伊勢丹新宿店をのぞむ(画像:屋敷直子)

 盛り場としていろいろな顔を持つ新宿ですが、さかのぼれば今からおよそ320年前、浅草の商人たちによって開発されたのが、はじまりです。なぜ彼らは、地理的に離れた“新宿”に目を付けたのか。その経緯をたどります。

※ ※ ※

 その名のとおり、新宿は「新しい宿場」として誕生しました。江戸時代のことです。

 宿場とは、街道筋にある「駅」のようなもので、茶屋や商店、旅籠(はたご)があり、荷物を運ぶための馬や人足も常備されていて、街道を行き来する人たちにとってはなくてはならないものでした。当時、日本橋を起点として五つの街道が各地に伸びていましたが、新宿は甲州街道のひとつめの宿場として開設されます。

「駅」とはいっても、宿場町は現在の「新宿駅」とはすこし離れていました。

 江戸時代の甲州街道を継承したのが現代の国道20号ですが、四谷4丁目交差点(四谷大木戸、通行人らを取り締まる関所)から新宿3丁目交差点(青梅街道との追分)あたりまでの約1kmが、宿場町でした。

新宿3丁目交差点に見つけた宿場の痕跡


【画像ギャラリー】新宿の宿場町、どの辺りにあった?(7枚)

画像ギャラリー

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