アニメ&ゲームファンはなぜ「聖地巡礼」にのめり込むのか? 『薄桜鬼』をモデルに考える

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アニメ&ゲームファンはなぜ「聖地巡礼」にのめり込むのか? 『薄桜鬼』をモデルに考える

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清水麻帆(文教大学国際学部准教授)

10年以上「乙女ゲーム」の人気を支える『薄桜鬼』。その人気の深層について、文教大学国際学部准教授の清水麻帆さんが解説します。

新選組の史実をベースとした『薄桜鬼』

 女性主人公が男性キャラクターを攻略して恋愛を楽しむ「乙女ゲーム」の代表的作品のひとつといえば、『薄桜鬼(はくおうき)』ではないでしょうか。

 2008(平成20)年9月に、最初のゲームソフト『薄桜鬼~新選組奇譚(きたん)』が販売されました。

2008年9月に発売された『薄桜鬼~新選組奇譚』(画像:アイディアファクトリー)



『薄桜鬼』は、プレーヤーが新選組のメンバーと恋愛をしながら物語が進行していきます。そのため、選ぶメンバーによって物語が異なり、さらに物語の中でもさまざまな選択肢(ルート)があるため、どのように行動するかによって物語の内容が異なります。

 プレーヤーは雪村千鶴という、史実には存在しない架空の女の子としてゲームを進めていきます。

 千鶴は、蘭方医の父・綱道と江戸で暮らしていました。しかし父は幕府の仕事で京都へ出掛けたまま行方知れずとなり、千鶴は父を探しに行きます。そこで新選組と出会うのです。

 登場人物は史実に基づいた人物がほとんどで、新選組の近藤勇、土方歳三、芹沢鴨(かも)、山南敬助、三木三郎、井上源三郎(恋愛対象には選べない)、沖田総司などが最初に登場します。物語が進むにつれて、坂本竜馬などさまざまなキャラクターが登場します。

10年続く『薄桜鬼』人気

 そんな『薄桜鬼』は、ゲーム界における乙女ゲームの認知度を上げることに貢献。その人気は衰えていません。

 ゲーム配信の初期は週間販売本数(2009年8月22日~28日)で、『薄桜鬼 随想録(PS2)』が第1位に、第2位には『薄桜鬼 ポータブル(PSP)』がランクイン。上位を独占しました。

2009年8月に発売された『薄桜鬼 随想録』(画像:アイディアファクトリー)

 また、『薄桜鬼 巡想録 限定版(PS3)』が発売された週の2010年6月12~18日の週間販売本数も1位でした。

メディアミックスも盛ん

 その人気は今も健在です。2017年までのゲームソフトウエア累計売上本数でも『薄桜鬼 ポータブル』が第5位にランクインし、11万1633本を売り上げています。

 また、2019年1月1日~12月25日に発売された乙女ゲームジャンルでの販売本数は第4位にランクインしています。発売から10年以上たっていますが、その人気の高さがわかります。

 加えて、アニメ、映画、舞台、音楽など多様なメディアミックスへも展開されています。

 特に『薄桜鬼』はアニメ『弱虫ペダル』とともに、2次元(平面)で描かれた作品を舞台作品とした「2.5次元ミュージカル」をけん引してきた人気コンテンツであり、現在でもシリーズ化され、高い人気を誇っています。

2017年4月に行われた『ミュージカル 薄桜鬼』(画像:アイディアファクトリー、マーベラス)



 実際に『薄桜鬼』が上演され始めた2012(平成24)年頃から2.5次元の動員観客数が増加し始め、その認知度を高めた作品でもあると言われています。

 こうしたさまざまなメディアミックスへの展開は、『薄桜鬼』への入り口を多様化し、ファンを増やすことにもつながっているのです。

『薄桜鬼』を介したコンテンツツーリズム

『薄桜鬼』の物語の中に出てくる場所やキャラクターのゆかりの地を巡る旅、いわゆる「コンテンツツーリズム」がファンの間では人気になっています。北は北海道函館市から、福島県会津若松市、東京都日野市、京都市などです。

 旅行ガイドブック専門のJTBパブリッシング(新宿区払方町)から『薄桜鬼』のゆかりの地を巡るガイドブック『るるぶ 薄桜鬼』(2013年)と「るるぶ 薄桜鬼 完全版」(2017年)が出版されています。

2.5次元公演の動員数・市場規模の推移(画像:ピア総研)

 このことからも『薄桜鬼』のゆかりの場所を巡る旅が人気となっていることが示されています。

 実際に、京都はもとより、新選組の近藤勇、土方歳三、沖田総司が最初に出会った場所である東京都日野市にも多くの『薄桜鬼』のファンが訪れています。

 日野市には日野宿本陣(日野市日野本町)、新選組のふるさと歴史館(同市神明)、土方歳三資料館(同市石田)など多くのゆかりの場所があります。

日野市の歴史館にロシアからの来場者も

 新選組のふるさと歴史館の入館者数は、『薄桜鬼』と日野市がコラボレーションした2012年以降年々増加し、2019年までに約46%も増加しました。

日野市神明にある新選組のふるさと歴史館(画像:(C)Google)



 同館館長によると、その6割が「10代から30代の女性」であるということからも、訪問者の多くが『薄桜鬼』のファンであることが想定できます。

 海外からの訪問者も増加しています。ロシアで『薄桜鬼』のアニメが放映されていた時期には、ロシアからの訪問者も多くいたということです。

 また、日野市が2019年10月4日(金)から11月4日(月)まで実施した『薄桜鬼』のスタンプラリーイベントでは、グッズの売り上げが前年度比で16倍、歴史館の入場者数は4倍に増加しました。

既存コンテンツを超えた『薄桜鬼』

 同様に、新選組の主要な人物たちが最初に出会う場である日野宿本陣でも、2012年から2019年までの訪問者数は約25%増となっています。

日野市日野本町にある日野宿本陣の門(画像:清水麻帆)

 ここには英語、中国語、広東語、韓国語の『薄桜鬼』のキャラクターが描かれているパンフレットが用意されており、国内外からも多くのファンが訪れています。

 また、聖地には必ず設置されているメッセージノートもあり、2020年6月時点で6冊目に入っていました。コロナ自粛解禁直後の6月に再訪しているファンもいて、『薄桜鬼』の訪問先として人気が高いことがわかります。

 日野市はこれまで、土方歳三や近藤勇といった新選組という歴史文化を地域資源として活用した地域づくりを推進してきましたが、『薄桜鬼』はこれまでのコンテンツのどれよりも地域の活性化に及ぼす影響は大きかったのです。

なぜコンテンツツーリズムへの衝動にかられるのか

 地域経済の活性化に影響を及ぼすようになった『薄桜鬼』ですが、なぜこうした事象が起こったのでしょうか。

『薄桜鬼』には、「変若水(おちみず)」を飲むと「羅刹(らせつ)」という人間以上の力を持てる存在になるといったフィクションも含まれていますが、史実の出来事に基づいた物語になっているところが魅力です。

日野宿本陣のメッセージノート(画像:清水麻帆)



 それまでの乙女ゲームは恋愛中心の物語が多かった反面、『薄桜鬼』は史実に基づいて話が進むので、それが物語の土台となっています。

 そのため、より人間味のある新選組の生きざまや同士の情や絆という精神的な深い部分を感じられるようになっており、それが『薄桜鬼』の特徴であり魅力と言えます。

既存コンテンツを超えた『薄桜鬼』

 プレーヤーは、江戸末期から明治時代にかけての激動の時代を生きた新選組のキャラクターと行動を共にすることになるため、切なさや悔しさなどの感情を共有する訳です。

 しかも史実での出来事を反映しているため、乙女ゲームでありながら、ほとんどがハッピーエンドにはなりません。時代背景も堅実に反映されており、時代が変わっていくさまは着物から洋装へ、げたから靴へ、そして武器も刀から鉄砲へと史実に基づいて描かれています。

 そのため、プレーヤーには終わりが近づいていることが分かり、切なさを増幅させることにつながっています。皆さんも映画やアニメ、ドラマをみて、その登場人物に共感し、涙することがあるかと思いますが、『薄桜鬼』のゲームも同様です。

日野宿本陣の様子(画像:清水麻帆)

 加えてゲームは、プレーヤー自身が主人公として物語が進んでいきます。

 例えば物語の分岐点では選択肢があり、それによって敵が異なるなど、物語がプレーヤーによって三者三様になるということです。自分の選択で物語が進むことは、より新選組のキャラクターへの没入感を深めることにつながっているのでしょう。

 思い入れのある人のことを知りたい、実在していた場所に行ってみたいと思う気持ちになるのは自然な気持ちではないでしょうか。

鍵は「体験」と「共有」への欲望

 また、実際には、土方歳三や近藤勇などは歴史的にわかっていない部分も多くあるということです。つまり余白が多くあり、これまでのさまざまな小説や映画などでも、史実に想像の部分を付けたしている訳です。

 さまざまなメディアでの新選組の人物像は時代によって変容しています。そうした中に、『薄桜鬼』の新選組も含まれています。つまり、史実上の新選組はどうだったのかという歴史も改めて知りたくなるわけです。

『薄桜鬼』英語版パンフレットの中身(画像:清水麻帆)



 こうした物語の場面を体験・共有したいという思いが、コンテンツツーリズムという観光行動への衝動にプレーヤーを駆り立てるのです。

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