渋谷の待ち合わせ場所、モヤイ像が「モヤイ」なワケ 都内数か所に「仲間」も

2018年10月15日

知る!TOKYO
ULM編集部

渋谷の待ち合わせスポットのひとつ「モヤイ像」。イースター島の「モアイ」に名前も佇まいも似ているものの、全く異なる存在であるこのモヤイ、一体誰が何のためにつくったものなのでしょうか。


渋谷のモヤイ、あのモアイと一文字違いの謎

 渋谷エリアで「ハチ公像」につぐ待ち合わせスポットとして名高い「モヤイ像」。鼻筋のすっとした彫りの深い顔や、遠くを見つめるその眼差しは、どことなく、イースター島のモアイ像に似ています。

 名前も「モアイ」と「モヤイ」、一文字違いです。

どことなく似ている(左 2018年7月31日、高橋亜矢子撮影/右 画像:写真AC。いずれもULM編集部で一部加工)
渋谷のモヤイは、よく見るともう片面にも顔がある(2018年7月31日、高橋亜矢子撮影)

 このモヤイ、誰がいつ何のためにつくったのでしょうか。そもそもなぜモヤイなのでしょうか。「彼」には、イースター島ではない故郷があり、都内各地に仲間がいます。

モヤイは新島の特産品

 モヤイの故郷は伊豆七島の新島。港区の竹芝桟橋から高速船で約2時間半、大型客船だと約10時間。決して近い距離ではありませんが、同じ東京都内です。

 モヤイの考案者は、新島で生まれ育った故・大後友市さん。今回、話を聞いたのは、大後さんの娘、植松さんと新島村役場の産業観光課です。

 まず、イースター島のモアイとの関連を尋ねたところ「モアイをモデルにしています」と率直な回答がありました。

モデルだった。写真はイメージ(画像:AC)

 ですが、モアイとは明らかに異なる点もあります。それは、顔の反対側にもう1つの顔がある場合や、性別が決まっているケースが多いこと。渋谷のモヤイの片面は「サーファーの男性」、もう片面は「おじいさん」だそうです。渋谷のモヤイがサーファーなのは、新島がサーフィンが盛んな島であることに由来します。

 大後さんは、モヤイを作り始める前は、カツオの一本釣りを行う一方で、こけしや灯篭をつくり、土産品として販売していました。

「こけしは、他の場所にもある。なにか新島ならではの新しいお土産を作ることはできないだろうか」

 そんな思いから、つくりはじめたのがモヤイだったといいます。

新島。写真はイメージ(画像:AC)

 モヤイが”新島ならではの新しいお土産”となる理由は2つありました。

 1つ目は、特産の石を用いていること。新島には、新島とイタリアのレパリ島でしか採取できない、世界的にも珍しい石「コーガ(抗火)石」があります。コーガ石は、古来の噴火活動で生成されたもので、重量が軽くて加工しやすく、のこぎりでも切れるくらいの柔らかさだといいます。

 2つ目は「モヤイ」が、新島で使われる言葉「もやう」にかかっていること。「もやう」は「合同・共同・共有」を意味するといいます。

 お土産用として、手のひらに載るくらい小さなモヤイを作るほか、島おこしのため、背丈1メートル位ある大きなモヤイも作るようになった大後さん。時に、島外へ仲間を募りながらモヤイの輪を広げていきました。

 3泊分の宿泊費や交通費を負担するかわりに、新島でモヤイを実制作してもらうツアーをつくり、参加者を募ったことも。1992(平成4)年から1997(平成9)年頃のことです。

島の各地にある像(画像:新島村役場)

 新婚旅行で訪れ、モヤイを彫っていった人もいたそうです。大きなサイズを作り切るには、1か月から2か月くらいかかるため、完成するまで長期滞在する人もいたのだとか。

 新島には、その頃に作られた数多くの像がたたずんでいます。新島村役場によると、少なくとも約50基はあるとのこと。さまざまな人が作ったため、顔立ちやスタイルもさまざまですが、コーガ石で作られた像は基本、モヤイと呼ばれています。

新島のモヤイ。渋谷のモヤイとは大きく表情が異なるが、れっきとした「仲間」だ(画像:新島村役場)
こちらも新島のモヤイ(画像:新島村役場)

新島のモヤイ、なぜ渋谷へ?


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