理工系最難関も なぜかオペラの授業がある「東京工業大学」とはどのような大学なのか
理工系最難関大学として知られる東京工業大学。しかしその名前の響きとは裏腹に、文系科目にも力を入れています。いったいなぜでしょうか。教育ジャーナリストの中山まち子さんが解説します。池上氏は何を教えているのか 130年以上の歴史を誇る東京工業大学(目黒区大岡山)は、理工系のスペシャリストが集まる国立の理工系総合大学で、理工系の最難関大学として広く知られています。 目黒区大岡山の東京工業大学(画像:(C)Google) もともとは3学部、6大学院研究科でしたが、2016年度から学部と大学院のすみ分けをなくした学院制を導入。6学院(理学院、工学院、物質理工学院、情報理工学院、生命理工学院、環境・社会理工学院)へと再編されました。 その結果、学生が長期的な視野に立って勉強や研究に集中できる環境を実現。こうした制度は日本初であり、独自の存在感を放っています。 一般教養にも注力 一方、東京工業大学は専門教育だけではなく一般教養にも力を注いでおり、付属の教育機関として、「リベラルアーツ研究教育院」を設置しています。 東京工業大学・リベラルアーツ研究教育院のウェブサイト(画像:東京工業大学) 同研究院は、2012年に新設された一般教養(リベラルアーツ)を専門に扱う「リベラルアーツセンター」を前身とし、理工系とは縁遠いイメージのジャーナリスト・池上彰氏が教授として参加し注目を集めました(現在は特命教授)。 さまざまな背景を持つ人々とともに世界の第一線で活躍できる人材を育成するためには、池上氏のような昭和から平成、そして令和の現代社会を見てきた人物がふさわしかったのでしょう。 理工系総合大学として確固たる地位を築いている東京工業大学が、独立した研究所を設立してまで一般教養に力を入れているのは、「理工系エリート」である学生たちが自分の殻に閉じこもることなく、多角的な視野を得られるよう促す側面があるのです。 一般教養が重要視される理由一般教養が重要視される理由 東京工業大学で一般教養を重要視しているのは、現代社会で理工系エリートの役割や人間像が変化しているためです。 グローバル化が進んだ国際社会では、相手の宗教観や歴史的バックボーンを理解することが求められます。また、自国である日本の文化や歴史などの知識も必要です。前述の池上彰氏は、現代史を教えています。 就職後は、卒業生の誰もが日本国内で仕事をするとは限りません。ましてや、国内メーカー勤務でも海外赴任する可能性は大いにあり、実際、海外メーカーとの共同開発も頻繁に行われています。 外国人とのビジネスイメージ(画像:写真AC) グローバルで仕事をする際、相手のバックボーンに対する理解の有無は信頼構築をしていく上で欠かせないものになのです。 「理工系 = 裏方」はもう古い? 理工系といえど、裏方に徹して研究に没頭していれば良いという時代ではなくなり、チームワークで開発したり、どの国の人間が聞いてもわかりやすく説明したりするスキルが重要視されています。 東京工業大学は長年、専門分野だけでなく幅広い教養を学生に教えることを重要視してきましたが、2016年度の学院制の導入で、一般教養の授業から本来遠ざかってしまう修士課程でも受講可能としました。 リベラルアーツ研究教育院が目指す学生の育成指針(画像:東京工業大学) このことからも、同大が長い期間をかけて一般教養を身につける取り組みにいかに注力しているかがわかります。 近代美術やオペラなどの授業も近代美術やオペラなどの授業も 一般教養というと歴史や哲学、外国語といった教科がまず思い浮かびますが、リベラルアーツ研究教育院では近代芸術やオペラの授業もあり、まるで美術大学の講義のようです。 近代芸術のイメージ(画像:写真AC) 選択制とはいえ、こうした授業を設けていることで、学生は答えのない議論やひとりひとりの感性が違うことを経験、実感することができます。オペラの知識は欧米文化や宗教観を知るきっかけにもなります。また愛好家も多いことから、海外で仕事をする際にも役に立ちます。 芸術系以外にもウェルネス(健康)科目があり、健康やスポーツ実習といった授業も実施。心身ともに健康な状態を維持する大切さを学ぶことは、会社員として働くうえでも役に立ちます。 年々高まる理工系学部のニーズ年々高まる理工系学部のニーズ IT技術の進化やロボットの活用などで、理工系学部のニーズは年々高まっています。 21世紀は理工系出身者が表舞台に立って社会をリードしていく時代に突入し、東京工業大学は新たな理工系出身者のリーダー育成をしていく上で、一般教養を率先して強化していくことにかじを切ったのです。 東京工業大学のウェブサイト(画像:東京工業大学) 新たなテクノロジーには、その利益のみを目的に近づいてくる人もいます。そのようなときこそ、善悪の判断が必要であり、社会情勢を読み解く力も求められるのです。 その点、東京工業大学は、時代の半歩先を読んでいると言えるのです。
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