日本の「職人技」とは何か、そしてなぜ継承が必要なのか? ユネスコ無形文化遺産登録を機に考える

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日本の「職人技」とは何か、そしてなぜ継承が必要なのか? ユネスコ無形文化遺産登録を機に考える

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小川裕夫

フリーランスライター

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このたび、木造建造物を受け継ぐための伝統技術「伝統建築工匠の技」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。どのような技術で、なぜ技術継承は必要なのでしょうか。ユネスコフリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。

人から人へと受け継がれてきた職人技

 新型コロナウイルスの感染拡大により、訪日外国人観光客の姿が街から消えました。それまではあちこちでその姿を見かけただけに、新型コロナウイルスの脅威を感じさせます。

 訪日外国人観光客の多くは神社仏閣や和食といった日本の伝統文化、漫画やアニメといった“クールジャパン”に強い興味を抱き、また、それら日本の文化を目的に訪日していました。

 その日本文化のうち、和食は2013年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されています。アニメや漫画は歴史が浅いこともあって、登録までには歳月を要するかもしれません。しかし、このほど新たに神社仏閣の基礎的技術ともいえる「伝統建築工匠の技」が無形文化遺産に登録されました。

 現在、多くの住宅やビルといった建築物はハウスメーカー、デベロッパー(開発会社)、ゼネラルコントラクター(総合建設会社)といった建設・土木の企業が手がけています。企業がそうした施工を請け負うことで、安定的に、安価に、迅速に建物を生み出すことができるのです。

 一方、法隆寺や東大寺といった寺社建築、江戸城や大阪城といった城郭建築、そのほかにも歴史遺産ともいえる建築物・建造物は熟練技を養ってきた職人たちの手で築かれてきました。

 職人技は熟練を要するので、一朝一夕に体得できません。また、「体」得という言葉からもわかるように、繰り返し作業をして体で覚える、感覚を養うことが求められます。そのため、指南書などの文字にして語り継ぐことも難しく、その技術は人から人へと受け継がれてきたのです。

需要減少にともない危ぶまれる技術の継承

 このほど無形文化遺産に登録された「伝統建築工匠の技」も、脈々と人から人へと受け継がれてきました。

明治神宮の廻廊(画像:写真AC)



 伝統建築工匠の技には、宮大工や左官といった職人が含まれています。これら伝統建築工匠には、昭和生まれだったらなじみのある畳職人・瓦職人も含まれていますが、住環境が大きく変化した現在は、畳や瓦の需要も減少しています。

 需要が減少すれば、当然ながら職人も減っていきます。こうして、職人たちは少しずつ姿を消し、それらの技術の継承も難しくなっているのです。

 昨今、住宅メーカーをはじめ建設業者の多くはオーダーメード的な技術、熟練を要する技術を忌避する傾向が強まっています。それは、熟練の技がなくても建築物などをつくれるようにしたという意味では画期的です。

 しかし、それはあくまでも現在の話であり、過去に施工された建築物を維持していくためには、やはり伝統的な技術・工法が必要なのです。

遠ざけられる華美な装飾

 戦前期までは、本邸・別邸を問わず家屋は富裕層のステータスでもありました。そのため、富裕層は競うように装飾を凝らし、意匠(デザイン)を競い合いました。それらが、職人の技術継承に一役買っていた面があります。

 昨今の個人住宅において、寺社建築・城郭建築のような華美な装飾は求められていません。さらに東京都心部は一戸建て住宅よりもマンションを好む傾向が強くなっているため、ますます伝統的な職人技術を必要としなくなっています。

 マンションの建設を請け負うのは、個人の職人ではなく企業です。なかには3次請け・4次請け、はては10次請けのような形で「ひとり親方」のような職人もマンション建設に携わっています。

 しかし、以前と比べれば決して出番は多くはありません。まして、かやぶきや檜皮(ひわだ)ぶき、縁付金箔(きんぱく)製造といった伝統技術を有する職人たちに声がかかることはめったにありません。

 寺院・神社・城は全国に点在していますが、個人住宅やビルの数に比べれば圧倒的に少数です。

 伊勢神宮の式年遷宮は20年、出雲大社の遷宮は60年単位で実施されています。これらが定期的に遷宮を実施しているのは、メンテナンスをすることで職人の技術継承という意味を含んでいます。定期的に社寺を建て直したり、補修したりといった機会を設けなければ職人の腕がさびついてしまい、技術の継承ができなくなるのです。

職人の育成は必要不可欠

 伝統的な技術を有する工匠が活躍するのは、京都・奈良といった社寺が多い地域ばかりではありません。

 東京都内にも多くの歴史ある神社仏閣があり、2020年に鎮座100年を迎えた明治神宮(渋谷区代々木神園町)もそのひとつです。明治神宮の創建は1920(大正9)年で、京都・奈良の社寺に比べれば歴史は浅いのですが、それでも随所に伝統建築工匠の技を見ることができます。

 明治神宮は、2021年の大河ドラマ「青天を衝(つ)け」の主人公・渋沢栄一が政財界に呼びかけて実現しました。経済界の大物である渋沢の呼びかけたことで、林学・造園学などの学者が英知を結集。また全国から献木も寄せられ、腕のいい職人も参集しました。

 明治神宮は内苑(ないえん)と外苑(がいえん)に区分され、内苑は都内屈指の神社として多くの参拝者を集めます。

 2020年、明治神宮は社殿の屋根をふきかえましたが、清水建設(中央区京橋)が施工を担当。清水建設は渋沢が設立に関わった企業のひとつでもあり、渋沢によって明治神宮と清水建設が結ばれたのは何かの縁かもしれません。

 世界遺産に認定された伝統建築工匠の技のほかにも、歴史的建築物・建造物の修復や改修で使われる工法や技術はあります。すべての工法・技術が、世界遺産に認定されたわけではありません。しかし、長年にわたって培われてきた工法・技術が基礎となって現代の建築物・建造物は成り立っているのです。

再建された江戸城の桜田巽櫓(さくらだたつみやぐら)(画像:写真AC)



 10年に数度しか出番のない職人を抱えていることは不経済です。そうした事情から、職人を必要としない工法や技術が考案され、現場では導入されています。とはいえ、伝統文化を未来へと伝えていくためにも職人の育成は必要不可欠です。

 今回、「伝統建築工匠の技」が無形文化遺産に登録されたことは、朗報といえます。世界遺産登録により、職人や伝統技術の重要性が再認識されることは間違いありません。しかし、技術継承や後継者育成などの具体的な方策は示されていません。課題は残されたままです。

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