『天気の子』を見て、私が思わず想像した新海監督と「新宿」の深い関係

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『天気の子』を見て、私が思わず想像した新海監督と「新宿」の深い関係

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鳴海侑(まち探訪家)

7月に公開され、国内外で話題となっている新海誠監督の映画『天気の子』。そんな『天気の子』に出てくる心象風景について、まち探訪家の鳴海侑さんが考察します。

描かれている場所は、山手線の西側がほとんど

 東京というのは23区だけでもとても広く、さまざまな場所があります。丸の内のようなオフィス街、住宅の密集する下町、人々と情報の行き交う渋谷・新宿・池袋といった副都心。また、ターミナル駅以外にも隙間のような場所にある商店街や落ち着いた雰囲気の住宅街。東京という「まちの表情」はさまざまな角度からドラマや映画でも描かれています。

 2019年話題となった新海誠監督の映画『天気の子』もまさに東京を舞台に展開する物語でした。11月17日(日)で公開から4か月がたち、観客動員数は1000万人を突破しています。9月下旬からは4D配信の開始、11月には中国でも上映開始など、2019年の映画では間違いなくトップクラスの勢いがある映画でしょう。

『天気の子』(画像:(C)2019「天気の子」製作委員会、ぴあ)



 そんな映画『天気の子』で、東京はどのように描かれているのでしょうか。実は探ってみると面白いことがわかります。

 例えば象徴的なスポットとして出てくるビルの屋上にある神社。ビルのモデルは代々木駅近くの「代々木会館」です。また、ヒロインの陽菜(ひな)ちゃんが弟の凪(なぎ)くんと暮らしている場所は、田端(北区)がモデルとなっています。この2か所は最近、ドラマやアニメなどの舞台を訪れる「聖地巡礼」で訪れる人も多いのだとか。

 そして作品内では新宿、池袋、早稲田、高島平といった場所が描かれます。風景描写はリアリティがあり、次々と場所を移しながら描かれる美しい東京のまちの姿に心を奪われた人も多かったのではないでしょうか。私もIMAXの大きな画面のある映画館を選んで見ていましたが、ひとつ気づいたことがありました。それは描かれている場所の「偏り」です。

 作中に出てくるまちは新宿近辺を中心とした山手線の西側がほとんどで、新宿や代々木や池袋でストーリーのポイントを迎えています。描写される場所は、とりわけ新宿が多くなっています。歌舞伎町や新宿駅近辺の商業施設やビルが多く出てくるのはもちろん、ストーリー内ではこれも新宿区の山吹町にあるという設定の編集プロダクションが登場します。

日本橋や有楽町はほとんど出てこない

 一方でほとんど出てこなかったのが下町です。作中で唯一下町に近いのはヒロインの家の田端でしたが、台地を生かした場所選びという印象が強く残ります。隅田川に代表されるような低地帯の「下町感」はあまりありません。海のあるシーンが出てくるときは臨海副都心でした。

 さらに私が不思議に思ったのは作中で「下町の家」として出てきたとある老人の家の描写です。庭で迎え火を炊くシーンがあるのですが、下町の家というのは密集しており、広い庭のある場所は大変限られています。映画に出てきた家はどちらかというと、荻窪あたりの郊外にある住宅を想起させる広さでした。実は『天気の子』を見ていくと「山の手」や「城西」で展開する物語であることに気づかされます。

 では、こうした場所のチョイスは『天気の子』独特のものなのでしょうか。ストーリーに込められたメッセージと関係あるものなのでしょうか。

 実は新海監督の作品全体で似たような傾向があります。新海監督が描く東京は、新宿が非常にクローズアップされているものが多いのです。そして下町はもちろん、日本橋や有楽町といった場所もほとんど出てこないこともユニークな点といえます。

 大ヒットした2016年公開の「君の名は。」で出てきた東京のシーンでは、主人公の滝君が勤めていたカフェのモデルは新宿御苑前のカフェでした。また、ラストの方で印象的なシーンには新宿駅近辺やこれまた新宿区の四谷 須賀神社(新宿区須賀町)が使われています。

代々木駅前から「NTTドコモ代々木ビル」を望む(画像:写真AC)



 ほかにも「言の葉の庭」(2013年公開)は新宿御苑の東屋が重要な舞台装置ですし、大きな時計が特徴的な代々木のNTTドコモ代々木ビル(渋谷区千駄ケ谷)を中心とした俯瞰視点の映像も印象的でした。

 コアなファンが多い「秒速5センチメートル」(2007年公開)では新宿から3駅のところにある代々木八幡駅近くの踏切が印象的なシーンで使われ、主人公がヒロインに会いに行くシーンでは新宿駅から出発しています。他の新海監督の作品でも東京が出てくるシーンではびっくりするほど新宿近辺のビル街や飲み屋街が使われています。

新海監督の作品からにじみ出る「作家性」

 ここまで新海監督が「新宿」を推す理由は、あくまでも推測ですが、監督の出身地が長野県で、大学進学に併せて上京したことが大きく作用していると考えています。

 新海監督の出身地は長野県南佐久郡小海町(こうみまち)。長野県でも東によった場所で、JR小海線が通っています。実際、ご実家の営む会社「新津組」の建物は小海駅から見ることができます。

JR小海線(画像:写真AC)



 小海町から東京に出てくるとなると、小海線で小淵沢に向かい、小淵沢から中央線の特急「あずさ」に乗るのが一般的なルートです。特に新海監督の上京時期は1990年代前半。当時は長野新幹線もありませんでした。

 そして特急「あずさ」が到着するのは新宿。そのため、新宿はおそらく新海監督にとっては初めての「東京」だったのではないでしょうか。そして小海町との違いにたいそう驚いたのではないかと思います。

 上京してからの在住地はしばらくの間は武蔵浦和だったそうですが、1年間浪人生活をしていたところから、もしかすると新宿の予備校に行くことが多かったのかもしれません。そう思わされるほど新宿を取り上げる回数の多さ、心象風景の中での新宿の強さを感じるのです。そして、その作家性のようなものがにじみ出てくるところが新海監督の作品における魅力としてあるのだと思います。

 ぜひ、今度『天気の子』をはじめとした新海監督の作品を見る際は東京のどのまちが描かれているか観察してみてください。そして、描かれている風景を選んだ背景に思いをはせてみれば、きっとより面白く作品を見ることができるはずです。

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