「あのころの都電」を味わえる公園がリニューアル
かつて東京都心を縦横無尽に走っていた都電。そんな都電の全盛期を伝える「文京区立神明都電車庫跡公園」が今年(2023年)2月にリニューアルされ、地域の憩いの場として新たな歴史を刻み始めることとなりました。
約2年弱にもわたるリニューアルでどのように変わったのでしょうか。早速公園を訪れて、「都電が輝いていたあの時代」へとタイムトリップしてきました。
かつての都電跡をたどりながら車庫跡へ
文京区立神明都電車庫跡公園があるのは、文京区の北側・不忍通り沿い。最寄り駅はJR山手線・東京メトロ南北線駒込駅ですが、歩いて10数分ほどかかります。
オススメなのは、都バス「上58系統」を利用するルートです。
「上58系統」は東京メトロ銀座線上野広小路駅前(JR御徒町駅なども徒歩圏)にある「上野松坂屋前」バス停から神明都電車庫跡公園前にある「本駒込四丁目」バス停を経て「早稲田」バス停まで運行される路線。日中はおおよそ10分おきに運行されており、沿線には不忍池や根津神社、六義園、「谷根千」エリアなどといった歴史スポットがあるほか、東京メトロの根津駅、千駄木駅、千石駅、護国寺駅、江戸川橋駅などさまざまな駅の近くを経由するため利用しやすい路線となっています。
また、早稲田バス停(余談ですがバス停前にある都バス早稲田車庫も都電車庫跡)は都電荒川線(東京さくらトラム)の早稲田電停ちかくにあるため、都電の旅を楽しむついでに神明都電車庫跡公園を訪問することも可能です。
実は、この「上58系統」はもともと須田町電停(東京メトロ神田駅北側)-江戸川橋電停を結んでいた「都電20系統」の代替路線。不忍通りには1971年3月まで都電が走っており、神明都電車庫跡公園の前身「都電神明町車庫」はこの20系統のために設けられたものでした。
上野松坂屋前バス停から公園がある本駒込四丁目バス停までは、渋滞が無ければ20分ほど。(早稲田バス停からは約25分)
バス停を降りると都営住宅や図書館、勤労福祉会館が入居した建物が目に入ります。都心エリアの都電の多くの路線が廃線となったのは1966年から1972年にかけてのことですが、この時期は高度経済成長による人口増加期に当たっており、この神明町車庫を含め多くの都電車庫跡地は都営住宅をはじめとした公共施設用地へと転用されました。
バス停から勤労福祉会館を抜けると神明都電車庫跡公園に到着。いよいよ都電とご対面です。
神明都電車庫跡公園のリニューアルは2006年以来。筆者は今回の公園リニューアル直前にも訪れたことがあるのですが、当時の保存車両は木造部分が腐って穴が空き、一部の部品は腐食で脱落。また複数回の塗り替えによって車号などのフォントや表記が正しくなくなっている箇所が多くありました。果たしてどう生まれ変わったのか――期待が膨らみます。
都電全盛期を五感で感じる「6063号」
神明都電車庫跡公園に到着して目に入ったのは、都電の時計塔付電停案内を模したこだわりの公園看板と、その奥にある真新しい(と見違えるほどの)鮮やかな2両の車体。手前は「戦後都電の標準型」と言われた6000形の「6063号」、そして奥にあるのは珍しい電動貨車乙1形の「乙2号」です。
先述したとおり、両車ともに以前は腐食が進んでいた部分もあったのですが、リニューアル後はまるで全検直後のような美しさ。(全検=全般検査、法的に定められた車両のオーバーホールによる車検のこと)
車両にある各表記のフォントや記載形式も忠実に再現されたほか、6063号には運行経路を示す系統板・行先サボ(サイドボード)、車内広告、路線図、ステッカーなども取り付けられており、本当に全盛期の都電を見ているかのような気分にさせられます。
都電6000形は1947年から1952年にかけて290両も製造され戦後の復興を支えた電車で、1949年に製造された6063号は富士産業(のち富士重工→現:SUBARU)製、今年で74歳。
新たに復元したとみられる系統板や行先サボは、神明町車庫が担当していた都電20系統のもの。交通標語のかわいいフォントの再現度は「感動モノ」です。
筆者が訪れたのは、電車の車内に入れる特別公開日。2023年7月時点でこの特別公開日は第2水曜日・第4 日曜日の月2回設けられています。
車内へと足を進めると、そこはまさに昭和。一歩踏み出すごとに板張りの床に響く足音、そしてニスと油の匂いがほのかに香る車内には1960年代の路線図や広告の複製品も掲示されているほか、「チンチン電車」の由来である信鈴を鳴らすこともできます。
時間が許せば車内公開日に訪問し、緑のモケットが張られた椅子に腰を下ろして「昭和の都電」を五感で感じてみましょう。
文化財級「乙2号」もまるで新車に!
6063号の隣にある緑の車両は電動貨車の乙1形「乙2号」。特徴的な凹型のこの電車は1941年に東京市電気局(現:東京都交通局)が芝浦工場(現:芝浦アイランド)で製造したもので、今年で82歳。
車体は大部分が木造で、旧型電車の部品を再利用して造られたため、米国ブリル社製の2軸台車(ブリル21E)は恐らく100年以上前のものになります。
この乙1形は「電動貨車」の名のとおり、工事用資材などを運ぶ事業用車両として製造されたもの。都電(当時の東京市電)では長らく屋根がない電動貨車に「乙」を冠しており(屋根がある有蓋貨車は「甲」)、荒川線でも6000形を花電車に改造した「乙6000形」が走ったことがあるほか、現在の荒川車庫の構内作業車(鉄道車両ではない)にも愛称として「乙3」「乙P 」の車番が付けられています。
こうした路面電車の荷物・貨物専用車は戦後ほとんど消えてしまっており、現在路面電車が走る街でもトラックに置き換えられている例が多いため、花電車用や散水車用としてごく一部が残るのみとなっています。
それだけに無蓋電動貨車が、しかも2軸台車の木造車体で残る乙1形は非常に貴重な存在。こちらも整備前には木造部分が腐食していたほか、ビューゲル(集電装置)が脱落して車体の上に置かれていましたが、木造部分の大部分が作り直されるなど、6063号と同様にまるで新車のように生まれ変わっています。
戦中・戦後の都電復興時にも活躍した乙2号。その歴史に想いをはせてみては。
リニューアルで「都電の遊具」も登場
神明都電車庫跡公園ではリニューアルに合わせて遊具の刷新もおこなわれています。
なかでも注目なのが、新たに登場した都電を模した黄色に赤帯の遊具。なかに入って電車ごっこを楽しむこともできそうです。
このほか、バリアフリー型のインクルーシブ遊具も導入されています。以前から小さい子ども連れに人気だった親水スポット「じゃぶじゃぶ池」もリニューアルされ、「水のテーブル」を設置。今後も毎年夏に無料開放される予定となっています。(利用可能日は年によって変わるため要確認)
「駒込歴史散策」のついでに訪れてみては
帰りは12分ほど歩いて駒込駅まで向かうことにしました。駅近くには昔ながらの商店街「アザレア通り商店街」があるため、お店巡りをしつつ歩けばそれほど長く感じません。
駒込駅の周辺には、約400年の歴史を持つ庭園「六義園」、東洋文化史や地図などをテーマにした三菱グループの企業博物館「東洋文庫ミュージアム」、登れる富士塚「駒込富士神社」、染井吉野(ソメイヨシノ)発祥の地の1つといわれる桜の名所「染井霊園」などさまざまな歴史スポットが点在しており、人気の散策コースにもなっています。
駒込で歴史散策をする際は、リニューアルしたばかりの神明都電車庫跡公園もルートに組み込んでみてはいかがでしょうか。
■文京区立神明都電車庫跡公園
住所:文京区本駒込4-35
TEL:03-5803-1252(文京区役所みどり公園課)
アクセス:JR・東京メトロ南北線 駒込駅から徒歩約12分
都バス上50系統「本駒込四丁目」バス停から徒歩1分
※電車車内公開日は第2水曜日・第4 日曜日の9:00~17:00(2023年7月時点の予定)
参考文献:林順信(1996・1998)『都電が走った街 今昔(1)(2)』JTB日本交通公社出版事業局