駒込駅近くで香る――桜の王者「ソメイヨシノ」を生んだ植木職人たちの熱きプライド

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駒込駅近くで香る――桜の王者「ソメイヨシノ」を生んだ植木職人たちの熱きプライド

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小川裕夫

フリーランスライター

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日本のサクラと言ってすぐに思い浮かぶのが、ソメイヨシノです。そんなソメイヨシノをつくったのは、江戸時代、現在の駒込エリアにあった染井村の職人たちだと言われています。その背景について、フリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。

不動の人気を誇るソメイヨシノ

 啓蟄(けいちつ。冬ごもりしていた虫が穴から出てくること)を迎え、日に日に春めく昨今。春を彩るサクラも花を咲かせています。日本人の心とも形容されるサクラですが、サクラにも数多くの品種があり、そのなかで1番人気がソメイヨシノです。

 今般、私たちを楽しませてくれる東京都内のソメイヨシノは、その多くが昭和30年代に植えられました。ソメイヨシノの寿命は60~70年と言われているため、最近ではソメイヨシノの寿命が尽きつつあると考えられています。

 そうしたソメイヨシノ寿命を目前にして、地方自治体や商店会・町内会・自治会などは対策として、ソメイヨシノに似た品種のサクラへと植え替える動きを見せています。

都内に咲くソメイヨシノのイメージ(画像:写真AC)



 ソメイヨシノから他品種へシフトする動きはありますが、それでもソメイヨシノの美しさ、はかなさは群を抜いており、今でも不動の人気を誇っています。

ソメイヨシノ誕生の陰にいた植木職人たち

 サクラを代表する品種のソメイヨシノは、吉野桜の一品種であるエドヒガンが品種改良されたサクラだとされています。その発祥は豊島区の染井村で、ソメイヨシノの名称の由来にもなっています。

 染井の最寄りでもある駒込駅の駅前広場には、ソメイヨシノ発祥の地を顕彰する碑が建立されています。普段は至って静かな駅前広場ですが、サクラが満開になる今の季節は、カメラを携えた人たちがひっきりなしに訪れるホットスポットにもなっています。

駒込駅前のソメイヨシノ発祥の地を顕彰する「染井吉野桜発祥之碑」(画像:小川裕夫)

 ソメイヨシノを生み出した染井村ですが、これは偶然の産物ではありません。江戸時代、駒込から染井にかけたエリアには植木職人が多く住み、園芸技術の向上に修練していました。ソメイヨシノが生まれたのも、そうした植木職人たちの血と汗の結晶といえます。

江戸の園芸技術向上は「ヒマ」から生まれた?

 植木職人が活躍できたのは、当時の世相が影響しています。

 各地を治める大名たちは当時、幕府に江戸滞在を義務づけられていました。江戸に滞在中、大名たちはそれなりに仕事を命じられましたが、ヒマを持て余すことが多かったようです。そのため、各地の大名たちは暇つぶしに庭園づくりを始めました。

 やがて、江戸ではあちこちに庭園がつくられていきました。そうなると大名たちは、自分のつくった庭園の出来を自慢するようになります。こうして大名たちが庭園の出来栄えを競うようになったことが、園芸技術の向上につながります。

駒込駅前の染井吉野桜記念公園(画像:小川裕夫)



 庭園づくり競争は庶民の間にも及び、園芸ブームが起こります。庶民たちは大名のように広大な庭園をつくれるほどの土地を所有していませんが、江戸時代は鉢植えが普及したこともあって、路地裏などの小さなスペースでも庶民が気軽に園芸を楽しめるようになりました。

 寛政期に老中の松平定信はぜいたくを禁じましたが、庶民の数少ない楽しみだった園芸は容認されました。そうした背景もあり、身分を問わず花を楽しむ習慣や環境が整ったのです。

一大園芸都市になった江戸

 園芸が盛んになると、植木職人たちは花木の品種改良にも励みます。こうして、駒込一帯に形成された植木職人たちはますます活躍の場を広げます。

 植木職人がたくさん集まると、それらを束ねる棟梁(とうりょう)も出てきます。植木職人たちを束ねる棟梁は、大名から手厚い待遇を受け、そして力を持つようになりました。

目黒川に咲くソメイヨシノのイメージ(画像:写真AC)

 植木職人たちが大名のお墨付きを得ることで、江戸は一大園芸都市になったのです。特に駒込は園芸界をリードするエリアでした。

 江戸時代からサクラは高い人気を誇りましたが、駒込の植木職人たちはサクラだけを扱っていたわけではありません。時の為政者は花の好みにもうるさく、その為政者の気分で世間の花の人気は移ろいました。

ソメイヨシノからジンダイアケボノへ

 例えば、徳川家康・秀忠・家光の3人は、ツツジを好んだと言われます。

 植木職人たちは将軍の意に応えるべく、ツツジの品種改良や植栽に奔走。そうした為政者のリクエストに応えながら、植木職人たちは長い歳月をかけて技術・知識を研さんし、それがソメイヨシノの誕生につながりました。

 東京のソメイヨシノは、間もなく一斉に寿命を迎えます。すでにソメイヨシノとは別の品種に植え替えられたサクラの名所もあります。

 千鳥ケ淵戦没者墓苑(千代田区三番町)は東京都心部にあるサクラの名所として知られますが、そのすぐ近くにある国立劇場(同区隼町)前のサクラはすでにソメイヨシノからジンダイアケボノへと植え替えられています。

千代田区の国立劇場前の様子(画像:(C)Google)



 ソメイヨシノから他品種のサクラへと植え替わっても、美しい風景であることは変わりません。また、駒込の植木職人たちの功績も色あせるわけではありません。駒込の植木職人たちが果たした功績は、後世まで語り継がれることでしょう。忘れてはならない歴史です。

 1番人気のサクラ、ソメイヨシノがその座を譲るときが近づいています。

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