三鷹市の外れにある、超ポップでカラフルな「謎の建物」の正体

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三鷹市の外れにある、超ポップでカラフルな「謎の建物」の正体

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黒沢永紀

都市探検家・軍艦島伝道師

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三鷹市の西外れにあるカラフルな集合住宅「三鷹天命反転住宅」。その見学イベントに参加した都市探検家の黒沢永紀さんが、同物件の魅力を解説します。

ポップでかわいい集合住宅

 JR武蔵境駅から南へバスで約15分、三鷹市の西外れに、常識を遥かに越えるカラフルな集合住宅があります。「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー(以降、三鷹天命反転住宅)」(三鷹市大沢)。今回は、ポップでかわいい驚きの集合住宅の話です。

 武蔵境駅から南方へ約2km、京王線の西調布駅から北方へ約2.5km。国立天文台(同)に近いことから命名された天文台北という交差点に隣接して建つのが「三鷹天命反転住宅」です。

門から眺める中央の棟(画像:黒沢永紀)



 円筒形や立方体のカラフルな構造物がデコボコと積み重なる奇妙な建物は、美術家・建築家の荒川修作氏と、その妻で詩人のマドリン・ギンズ氏によって2005(平成17)年に建てられた、作品でもある集合住宅です。

 サブタイトルが付いた集合住宅というのも珍しいですが、「イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」……ヘレン・ケラーを偲ぶという意味もまた不可解です。

 そんな不思議な集合住宅で、2019(令和元)年11月23日(土)にイベントがありました。「建築する身体の見学会」と題された内覧会は、部屋を身体で感じる、というちょっと変わったもの。早速行ってみることにしました。

3DKに円形状のカウンター・キッチンと部屋

 イベント会場となる部屋は、ショートステイルームとして使われている最上階の角部屋。ドアを開けた瞬間に、外観と同様のカラフルな光景が目に飛び込みます。

イベント会場として使われたショートステイルームの303号室。すべての部屋が常に6色以上の色が視界に入るように設計されています(画像:黒沢永紀)



 この日の参加者は若い男女を中心にした17人。ファッションセンスのある、アンテナが鋭そうな人々が目立ちます。まず「荒川修作 + マドリン・ギンズ東京事務所」の松田さんのお話で建物の概要をうかがい、いざ部屋の特殊な体験へ。

 部屋は3DKですが、一般的なそれとはまったく似て非なる構造。中央に円形状のカウンター・キッチンがあり、移動スペースが周りを取り囲んで、その周囲に球形の部屋と円筒形の部屋がひとつづつ、立方形の部屋がふたつ、それぞれの間に窓があって、1か所が玄関となっています。

 円筒形の部屋はバスルームで、その奥にトイレが施工されています。バスルームといってもバスタブはなく、シリンダー型のカプセルにシャワーがあるだけ。トイレに扉はなく、シャワールームが目隠しの代わりです。

 まず最初は床の体感。床にはふたつのサイズの小さなコブが施工され、歩くだけで青竹踏みをしているような感触です。じつはこれらのコブは、大人と子どもの土踏まずにあわせたサイズ。参加者の多くが、説明を聞く前から足をコブに合わせて歩いているのに気付かされます。

壁がオレンジ色の和室っぽい部屋

 さらに奇妙なのは、床が傾斜していること。東西に対面する壁は、目算でおよそ1.5倍の差があり、狭い部屋にしてはかなり急傾斜の床面です。それだけ聞くと、ボールが転がるような不良住宅を連想しがちですが、実際には全く違和感を感じません。

レトロ・フューチャーな印象のバスルーム。床面が湾曲しているので、右端の洗面台を使うのは至難の技(画像:黒沢永紀)



 シャワールームの隣は和室の様な部屋で、壁はマゼンタ、畳は土俵の様に円形に敷かれ、窓側には玉石が敷き詰められています。隣接する窓の前は、室内で最も高さがあるスペース。天井まで梯子が施工され、その横にはハンモックが吊るされています。

 続く部屋は黄色い球形で、床も湾曲しているため、靴下などを履いていると、スルスルと滑ってしまって、足元がおぼつきません。玄関を越えて最後の部屋は、障子格子の引き戸があるので一見和室のようですが、壁はオレンジ色で床はコルク貼り、というように、どの部屋も一般的なマンションとはかけはなれた造りです。

 一通り部屋を体験したら、次は目隠しをして、自由に歩き回る体験。と言ってもいきなり目隠しをして歩きまわるのは危険なので、極めてゆっくり歩くことなど、いくつかのルールを決めての挑戦です。

 最初は、暗闇の世界に戸惑いますが、床の凹凸がガイドとなって、逆に平坦な廊下より歩きやすいかもしれません。みなさん、最初は壁などを叩いて音を確認しながら移動しますが、しばらくすると松田さんから、音を出してもいけない指令が出されます。

最低6色以上の色が視界に入る造り

 そうなると、もう無音の世界。感じられるのは、隣にいるかもしれない人の息遣いだけとなり、その結果より感覚が研ぎ澄まされます。

 無音の世界での最後の課題は、自分が目隠しをして歩き出した場所へ戻ること。周囲をまさぐる両手に、時折他の人を感じながら、なんとか元の場所へ戻れました。最後に目隠しを外してイベントは終了です。

 さて、集合住宅の見学会としては突拍子もない内容のこのイベントは、いったい何を意味しているのでしょうか。その答えは、建物の名称でもある「天命反転」という言葉に秘められていました。

 天命を反転する、すなわち天命に逆らう、ということでしょうか。部屋の床面は水平であるべき、そして平らであるべき、という天命に逆らうこと。さらに、マンションの部屋はこうあるべき、集合住宅はこうあるべき、という一般的な認識を根底から覆して、新しい感覚を覚醒させることこそ、この建物の大きな目的だったのです。

天井に無数に施工された荷物を吊るすためのフック(画像:黒沢永紀)



 一見、幼稚園の園舎の様にも見えるカラフルな色使いは全部で14色。特に配慮されているのは、部屋のどの位置にいても、最低6色以上の色が視界に入るように設計されていることです。これは、人間が瞬時に判断できる数と言われる6種を越えることで、特定の色が強調されることなく、“カラフルな印象”だけが残ることを意図してのことだといいます。

時間の経過で消えていく、色への違和感

 さらに三鷹天命反転住宅に使用されている色は、一見ビビッドな原色のように見えますが、実は絶妙に調整されたトーンで構成されているため、決して“うるささ”を感じません。長い間その空間に身を置いていても疲れることがなく、かつ程よい色の刺激を常に受けられる色調になっているのには驚かされます。

 そしてサブタイトルのヘレン・ケラーは、ご存知のように視覚と聴覚の重複障害者でありながら、障害者の教育と福祉に貢献した活動家。彼女が「身体を使って、自然と環境・人間の関係を知ったように」(三鷹天命反転住宅のパンフレットより)、部屋を使用する人が、身体でさまざまな新しい発見をできるように、という思想が込められていたのです。

 三鷹天命反転住宅は、そのカラフルなルックスから、見た目だけで判断されがちかもしれません。しかし、この住宅は、体感して初めてその真価がわかるものでした。

カラフルに塗り分けられ、とても複雑な構造をした三鷹天命反転住宅の全景(画像:黒沢永紀)



 1時間30分にもおよぶ見学会の時間は、チラ見では感じることのできない、感覚の変化と覚醒に必要な時間だと松田さんはいいます。少なくとも、お客として部屋を訪れて滞在する時間くらいは費やさないと、この部屋の真価を体感をすることはできないでしょう。
 しかし、人間の感覚というのは不思議なもので、例えば最初は不味いと感じた食べものも、食べ続けることによっておいしさがわかり、やがてくせになっていくものが多いように、この部屋も最初は違和感を感じながら、長期間住むことによってやがてなれ親しみ、最後には日常感覚へと変わっていくのではないでしょうか。

 本来、作者の意図を汲んで使うのであれば、定期的に各部屋の用途を交換していくのがベストだと思いますが、家具調度などが多ければ多いほど移動しずらくなり、やがてパターン化した使い方になって、特殊な部屋の構造も日常化しまうのではないかと思います。この部屋を、もっとも作者の意図に沿って使えるのは、もしかしたら初体験であるこの見学会のときなのかもしれません。

レンタルできるショートステイルーム

 三鷹天命反転住宅では、不定期で見学会を開催しているので、機会があったら一度体験されてみるのはいかがでしょうか。実際に体験された人の中には、そのままショートステイルームをレンタルされる人もいらっしゃるようです。

ほとんど水平な地面がない養老天命反転地(画像:黒沢永紀)



 なお、三鷹天命反転住宅のほかに、国内では岡山県の奈義町にある「遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体」(1994年)と、岐阜県の養老にある「養老天命反転地」(1995年)でも、荒川修作 + マドリン・ギンズの作品を体感することができます。

「養老天命~」は広大な敷地を使ったテーマパーク、「偏在の場~」は美術館の中に組みこまれたインスタレーションで、いずれも三鷹天命反転住宅と同様、“天命を反転”し、新しい感覚を自然に覚醒させてくれる作品。三鷹天命反転住宅とともにこれらも訪れれば、よりふたりの世界を体感できることと思います。

三鷹天命反転住宅:Reversible Destiny Lofts Mitaka ? In Memory of Helen Keller, created in 2005 by Arakawa and Madeline Gins, c 2005 Estate of Madeline Gins.

養老天命反転地:(c)1997 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

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