ガンダムは鬱屈したコロナ禍を変えられるか? 6月公開「閃光のハサウェイ」で日本の未来を考える
6月から大きな話題を呼んでいる映画「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」。その公開を機に、コラムニストの佐倉静香さんがガンダムの魅力と未来について解説します。数度の延期を経て公開された作品 興行収入が400億円を突破した「劇場版「鬼滅の刃」無限列車編」、シリーズ完結となった「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」のほか、「名探偵コナン 緋(ひ)色の弾丸」のヒットなど、2021年はコロナ禍にもかかわらずアニメ映画の当たり年といえそうです。 そんななか2020年から数度の延期を経て公開されたのが、ガンダムファン待望の作品「機動戦士ガンダム 閃光(せんこう)のハサウェイ」です。 「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」のウェブサイト(画像:(C)創通・サンライズ) 都内では8月6日(金)時点で、グランドシネマサンシャイン 池袋(豊島区東池袋)や新宿ピカデリー(新宿区新宿)、T・ジョイPRINCE品川(港区高輪)、TOHOシネマズ 六本木ヒルズ(港区六本木)など、計17か所で上映されています。 シリーズ開始から40年を過ぎて、いまなお根強い人気とガンダム。描かれる都市の未来とは――。 気安くガンダムの話をしてはいけない「ガンダムが好きなんです」という人に「私も好きです」と気軽に話しかける行為は、詳しい人にいわせれば「危険」であることが知られています。 その理由は、1979(昭和54)年から始まった「機動戦士ガンダム」から続く「宇宙世紀」を舞台にしたシリーズのほかに、「機動武闘伝Gガンダム」シリーズなどの未来世紀を舞台にしたもの、「新機動戦記ガンダムW」シリーズのようなアフターコロニーを舞台にしたものなど、ガンダムを素材とした「機動戦士ガンダム」とは違う場所や時代の世界で繰り広げられる作品も数多く存在するためです。 「話しかけてみたら、まったく違うシリーズのファンでかみ合わなかった」というケースがこれまで多く発生しており、気安くガンダムの話をしてはいけないということを学んだ人は数知れないでしょう。 多くのシリーズのなかでも、やはり人気があるのは「機動戦士ガンダム」から始まる宇宙世紀を舞台にしたシリーズ。アムロとシャアの物語だといえば聞いたことがある人もいるかもしれません。初めての放映から40年以上たちますが、当時からのファンはいまでも新作を待ち望んでいます。 「機動戦士ガンダム」のウェブサイト(画像:(C)創通・サンライズ)「機動戦士ガンダム」のあと、1985(昭和60)年に「機動戦士Z(ゼータ)ガンダム」が、翌年には「機動戦士ガンダムZZ(ダブルゼータ)」が公開されました。 また、1988年に公開されたのが、映画「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」です。「Z」と「ZZ」では主役ではなかったものの、この映画で永遠のライバルであるアムロとシャアは再び主人公として相まみえます。そして相打ちとなって姿を消すのです。 この映画には続編があり、「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」として小説が出版されました。それまでの作品を自らノベライズしてきた監督の富野由悠季(よしゆき)氏による書き下ろし作品です。 しかし、この作品は映像化されず、また映像化は難しいといわれていました。しかし映画化がすすめられ、2020年夏に公開されることになったのです。中年になった「オールドガンダムファン」の喜びはすさまじいものでした。 公開延期と実物大ガンダムの登場公開延期と実物大ガンダムの登場 しかし新型コロナウイルスの感染拡大により、映画の公開は延期に。さらに緊急事態宣言により再延期。ようやく公開されたのが2021年6月になってから。 映画に先駆けて「逆襲のシャア」が製作会社・サンライズ(杉並区上井草)のYouTubeチャンネルなどで公開され、「ハサウェイ」の予告編も見ることができたため、ファン(特に「宇宙世紀」シリーズこそがガンダムと考えている「宇宙世紀原理主義」と呼ばれる人たち)は喜んだのです。 「閃光のハサウェイ」は「逆襲のシャア」にも登場したハサウェイ・ノアが主人公です。彼は「機動戦士ガンダム」に登場したブライト・ノアとミライ・ヤシマの長男。「逆シャア」での「第二次ネオ・ジオン抗争」に思わぬ形で参加し、その結果十字架を背負ってしまっています。その後成長し、ゲリラ組織・マフティーに参加しているというのが今回の「閃光のハサウェイでの彼の立場なのです。 小説版の登場時は学生運動も落ち着いて、日本はバブル真っただ中でした。しかし、現在はSNSなど言論空間が広くなり、社会に物申す人も増加。そんななかでこの作品は、「満を持して」登場したといえるかもしれません。 ガンダムという物語は、人類が増えすぎてスペースコロニーをつくって移住し、生活していることが根底にあります。 そのコロニーを地球に落として危害を加えたり、コロニーに毒ガスを注入するという非道を行ったりするという戦争の残酷さリアルさを子ども向けだったはずのアニメで描いたことが、ガンダムの斬新さでした。一方で、コロニーや月面都市での生活も丁寧に描かれています。われわれの子孫が今後見る世界が、そこにはあるのかもしれません。 「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」の所在地(画像:(C)Google) 2020年12月、横浜市の山下ふ頭に「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」がオープンしました。18mのガンダムが実際に動くのがウリで、二足歩行はできないものの、関節を動かして見せてくれます。「ガンダムが動く…」それはファンにとっては衝撃でした。 ニュータイプ(宇宙で生まれ育った特殊能力を持った者)ではなくても、自動制御で動かせるガンダム、聞いていた「ガンダリウム合金」ではない素材でつくられているガンダム……と戸惑う点もありましたが、日本の技術が集結し、動くガンダムを見て喜ぶ生みの親・富野監督の笑顔がなによりうれしかったという人も多いのではないでしょうか。 ガンダムのもとに技術が集結ガンダムのもとに技術が集結 また、ガンダムのプラモデルはいまでも愛好者がたくさんいます。一大コンテンツとなったガンダムの世界観とその可能性を、いち早く実現しようとしているのがバンダイナムコグループです。 同グループは「宇宙世紀」とその背景にある「社会課題」と「未来技術」この掛け合わせにより未来の夢と希望を現実化するプログラムとして、ガンダムオープンイノベーションを打ち出しています。ウェブサイトには 「地球を含む広大な宇宙に人類が一個人ではなく一つの種として対峙(たいじ)していくことは、ガンダムシリーズの根底にあるテーマの一つです。このテーマのもと、”現実の宇宙世紀”に向けてバンダイナムコグループはGUNDAM UNIVERSAL CENTURY DEVELOPMENT ACTION (GUDA)を実行していきます」 との理念が記載されています。 バンダイナムコグループのウェブサイト(画像:(C)創通・サンライズ) アクセラレータープログラム(大手企業などが新興企業に出資や支援を行うことにより、事業共創を目指すプログラム)として、ガンダムの世界同様に、われわれ社会が今後向き合う人口問題、環境問題、宇宙進出などの未来社会におけるサステイナブルなテーマ/領域において、革新的なアイデアや技術などを幅広く募集。選ばれたプログラムは、ガンダムの素材や資料を使うことができ、コンセプトを社会実装する場が与えられることになっています。 宇宙世紀につながる技術開発・研究、取り組みなどであれば、業界・領域を問わないというガンダムオープンイノベーション。スペースコロニーはつくれなくてもコロニーの内部の都市の再現、ガンダムを始めとしたモビルスーツに使われている技術の再現などが可能になりそうです。 そして、ガンダム登場から40年たった現代社会では、それらのいくつかが実現できる環境とテクノロジーが発達しています。「機動戦士ガンダム」の第1話でアムロ・レイはガンダムを動かすために分厚いマニュアルを参照していました。しかし、現代にはもう分厚いマニュアルはほとんど存在しません。想像が現実を超える世界を私たちは生きているといえるでしょう。 いま、お台場には実物大の「ユニコーンガンダム」(「機動戦士ガンダムUC」に登場するモビルスーツ)が展示されています。先日、オリンピックのトライアスロン競技で自転車に乗る選手がその前を通過し、絵面の強さと対比が話題になりました。 私たちがコンクリート大仏などとそれほど変わらないものとして「ユニコーンガンダム」を受容しているものも、海外の人たちの目には奇異に、あるいはクールに映ったようです。こうした世界観がどのように今後目に見える形に成長するのか、わくわくが止まりません。 宇宙世紀ものではありませんが、7月には「劇場版 Gのレコンギスタ」も公開されました。 こちらはポスト宇宙世紀とも呼べる「リギルド・センチュリー」を舞台に、ガンダムの原作者である富野由悠季自身が総監督・脚本を手掛けている作品です。11月で80歳を迎える年齢になっても、若いもの、ほかの作家には負けないとインタビューなどで気を吐く富野監督。 「閃光のハサウェイ」は決して明るい結末ではありません。しかし、ガンダムと見る、ガンダムとつくる都市の未来は明るい……コロナ禍でもそんなことを感じずにいはいられません。 ガンダム商店街が存在!?ガンダム商店街が存在!? さて、小田急線祖師ヶ谷大蔵駅を囲む三つの商店街が「ウルトラマン商店街」(世田谷区砧)として親しまれ、あちこちにウルトラマンのモチーフがあることをご存じの人も多いでしょう。ここが円谷プロダクションの最寄り駅であることから、ウルトラマンが一役買っているのです。 現在は一時的に撤去されていますが、数年前までは駅前にウルトラマンの像が立っていました。祖師ヶ谷大蔵駅の発着チャイムも「ウルトラマンの歌」と「ウルトラセブンの歌」です 実は、東京には「ガンダム商店街」も存在します。西武新宿線の上井草には数々のアニメ制作会社があり、ガンダムを手掛けているサンライズも所在しているためです。 「ガンダム商店街」と呼ばれる上井草商店街(画像:(C)Google) 2008(平成20)年には富野由悠季氏監修のもと、ブロンズ製のガンダム像が駅前に登場。ウルトラマン商店街ほどは知られていませんが、商店街にはガンダムモチーフのフラッグが掲げられ、ここがガンダムゆかりの地であることを実感できます。上井草駅の発車ベルは「翔べ!ガンダム」です。 地域に根付く商店街と、オープンイノベーションによる未来都市の構想はかけ離れているように見えて、どちらも現在と将来の生活を支える重要な要素。ガンダムの世界ではたびたび「地球の重力」にとらわれすぎる人々が問題視されますが、まだしばらく宇宙に住むことはできない2021年。自由な発想を持ちながら地域に根差し、宇宙世紀を夢見る日々が続きそうです。 ガンダムの時代は、思ったより近くまで来ているのかもしれません。
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