【徹底解剖】人々はなぜ『Fate』にのめり込み、登場キャラの歴史に興味を持ち始めるのか
近年ますます人気の『Fate』シリーズ。没入感を呼び起こすその魅力について、文教大学国際学部准教授の清水麻帆さんが解説します。15年以上続く『Fate』の人気『Fate』というノベルゲーム(文章を読み進めるタイプのコンピューターゲーム)をご存じでしょうか。もしかしたら、アニメや他のコンテンツで知っている人もいるかもしれません。 2004(平成16)年、ゲームブランド「TYPE-MOON」から発売されたコンピューターゲームとして『Fate/stay night』が発売されました。2015年にはスマートフォン向けの『Fate/Grand Order(以下FGO)』が制作され、これまで中国、香港、台湾、韓国、アメリカでも発売されています。 スマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』公式サイトより(画像:(C)TYPE-MOON、FGO PROJECT) すでにゲーム発売から15年以上がたっていますが、『Fate』の人気は長く、2019年の年間モバイルゲーム売り上げランキングでは1位に輝き、約711億円を売り上げています(「ファミ通モバイルゲーム2020」)。ちなみに、2018年は2位でした。 こうした長年にわたって人気を保っている『Fate』のゲームプレイ経験者(家庭用ゲームからアーケードゲーム、モバイルゲームなど)の推定は約86万人、その内男性が65%、女性が35%を占めています(『ファミ通ゲーム白書2019』)。 また、年代は20代が約30%を占め、次いで30代前半が多く、20歳から30代前半だけで全体の約40%を占めていることからも、若い層の男性に人気があることがわかります。 『Fate』の特徴とは そして、ヘビーゲーマーが約全体の半数を占めており、ゲーム好きな人たちが興じている傾向が強いのも特徴です。 近年では、メディアミックスへの展開も多岐にわたっており、アニメや漫画、映画、2.5次元舞台やラジオにまで及んでおり、アニメや2.5次元からゲームを知る人もいるのではないでしょうか。 『劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel]」Ⅲ.spring song』メインビジュアル(画像:(C)TYPE-MOON、ufotable、FSNPC、アニプレックス) この『Fate』の内容ですが、主人公の士郎が魔術師同士の争いを止めるために戦い挑んでいく物語になっています。その戦いを「聖杯戦争」といい、「あらゆる願いをかなえるとされる万能の願望機・聖杯」を勝ち取る戦いです。 聖杯戦争では、魔術師「マスター(人間)」と協力して戦うのが「サーヴァント(英霊)」で、マスターはひとりのサーヴァントを招き、ふたり一組で戦います。最後のひとり(マスター)として勝ち残った際に、聖杯を手にして願いをかなえることができるという物語です。 サーヴァントですが、あらゆる時代を超えた、世界中の神話、伝説、そして歴史上の人物がキャラクターとして描かれています。 またマスターとサーヴァントとの関係性が構築される中で物語は進行していきます。加えて、展開されるストーリーが多く用意されているのも人気の要因のひとつでもあるでしょう。 物語の中での想像性の高さが作品への没入感を深くする物語の中での想像性の高さが作品への没入感を深くする さて、筆者(清水麻帆。文教大学国際学部准教授)が注目するのは、ゲームのプレイヤーが『Fate』を通じて、サーヴァントの歴史的背景などに自然に興味・関心を抱き、自ら調べていく行動です。 これまで、漫画などで歴史や伝記といった史実を解説しているものはたくさんありました。一方、『Fate』は、史実に基づいている部分とそうでない部分があり、そこには想像の余地があるということです。そういった想像力が歴史文化に対する関心・興味を深め、自ら調べる行動に出るわけです。 実際、聖地巡礼行動において、作品への没入感は小説、アニメ、ドラマ、映画の中で、アニメが一番深く、 「物語の登場人物として自分を置きかえるという想像性が高いほど・・・作品への没入感を深める」(楠見2018年) と心理学的に分析されています。 スマホゲームに没入するイメージ(画像:写真AC) アニメの没入感が深くなるのは、物語の風景や景色が実際のそれと同じで美しいからであり、そこに自分を置くという行為が起因しています。2次元のアニメーションという意味では、この中でゲームが一番近いのではないでしょうか。 加えて、自分を登場人物として置き換える想像性はアニメよりもはるかに高いといえます。なぜなら、ゲームの中で主人公としてすでにプレイし、物語が進んでいくからです。 前述のように『Fate』は、物語の中でプレーヤーとサーヴァントとの関係性が構築されていきますが、そのことがより物語への没入感を深めることになるでしょう。しかも、物語の中でのサーヴァントは史実などで語られているものに、近からず、遠からずの設定になっています。 そうした中で、実際の歴史や神話・伝説の中でどのように描かれていたのか、どのような人物像であったのか、どのような時代背景なのか、といったことに興味を抱くことになることは自然なことと言えます。 葛飾北斎のキャラクターと武器葛飾北斎のキャラクターと武器 歴史的背景に興味を持つきっかけは、サーヴァントのキャラクターの設定とその宝具にあると筆者は考えます。 『Fate』では、いわゆる「武器」のことを「宝具」と呼び、史実や伝説に基づいて描かれています。 例えば、筆者が興味をもったのは、恒常的なサーヴァントではないですが、イベントなどの特別な際に排出される葛飾北斎(以下、北斎)です。 ご存じの通り、現実世界で北斎は世界的に有名な浮世絵師です。したがって、北斎の宝具は代表作の「富嶽三十六景 神奈川沖浪波裏」となっています。 葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪波裏」(画像:文化遺産オンライン) 邪神と関わることで狂気となった北斎が描いた浮世絵で攻撃します。絵でどのように攻撃するかというと、通常の芸術作品でも人の心に何か訴えかけたり、感情的な影響を及ぼしたりします。それに邪神の力をさらに絵に加えることで、人の心を持つものすべてに精神的なダメージを与えて攻撃するのです。 また、北斎自身は史実では男性ですが、『FGO』では女性として描かれています。その背景には、北斎の三女で同じく浮世絵師だった葛飾応為(本名:栄)が北斎とコンビでサーヴァントとして召喚されていることが挙げられます。 これはこのゲームの中でもかなり特殊です。では、なぜコンビかというとふたりで偉業をなしとげたと捉えられています。史実では、応為は北斎の助手をしており、本人も浮世絵師でした。北斎が「美人画では応為にはかなわない」と言っていたそうです。 北斎の横に浮かぶ黒い「蛸」の存在 そして、サーヴァントの北斎(応為)の横に黒い「蛸(たこ)」がいつも浮かんでいるのですが、これが北斎とされています。 『Fate/Grand Order フォーリナー/葛飾北斎 完成品フィギュア(ファット・カンパニー)』(画像:大網) つまり、娘・応為の身体に宿る形での召喚です。この蛸ですが、北斎は実際に、艶本(春画)『喜能会之故真通』の中の一場面に、「蛸と海女」という1枚を描いています。そこから、ゲームの中で蛸になったストーリーが作られています。 この蛸(北斎)は少しかわいらしくも悪魔っぽくも描かれているところが、筆者としては興味を引く点です。これも北斎が邪神と交信したことが関係しています。 このように、史実を土台として創造的にストーリーが展開され、ウイットに富んだ描かれ方をしているところが想像力をかき立て、ゲームをより魅力的にしているのでしょう。そして、その背景となった史実や絵の背景を知りたくなったり、浮世絵を実際見たくなったりする訳です。 ゴッホやモネにも影響ゴッホやモネにも影響 ところで、史実の北斎は江戸時代の代表的な文化人ですが、最も有名な作品が「富嶽三十六景 神奈川沖浪波裏」や「富嶽三十六景 凱風快晴」です。 葛飾北斎「富嶽三十六景 凱風快晴」(画像:文化遺産オンライン) 後に北斎の浮世絵は、フィンセント・ゴッホやクロード・モネなどの作品にも影響を及ぼしており、100年以上前から世界でも人気があったことがうかがえます。 ゴッホの「タンギー爺さん」の絵には浮世絵が背景として何枚も北斎の浮世絵が描かれていますし、モネも「ラ・ジャポネーゼ」では、彼の妻に着物を着させ、北斎や応為が描いた見返り美人画と同じような構図の絵を描いています。 そして、『FOG』の中でも、前述のように攻撃をする際に、「富嶽三十六景 神奈川沖浪波裏」が宝具として描かれています。 時空を超えた葛飾北斎の作品 また、2018年7月に販売された『Fate/Grand Order江戸浮世絵木版画フォリナー/葛飾北斎』という版画作品は、サーヴァントの北斎を描いたもので、オリジナルの北斎の作品をモチーフとして制作・販売されました。 『Fate/Grand Order江戸浮世絵木版画フォリナー/葛飾北斎』(画像:アニプレックス) 絵の着物の柄は、北斎が描いた「新形小紋帳」のデザインをモチーフにし、構図は「手踊図」をまね、背景に描かれている波は上町祭屋台天井図「怒涛」図の「女浪」を参考に作られています。 また、『FGO』の5周年記念を記念した47都道府県の新聞社とのコラボ企画で、サーヴァント・北斎は富士山麓を背景にしたものが静岡新聞に掲載されています。これは、北斎作の「富嶽三十六景 凱風快晴」で描かれている富士山をほうふつとさせ、キャラクターにおける史実や世界観を大切にしていることがわかります。 このように、北斎の絵や構図、デザインは、時空を超えて、さまざまな形に変容して新たな芸術作品を作り出し、多様な世代に認知されることで、オリジナル自体も継承されているのです。 ゲームコンテンツを通じて、歴史やアートを学び、ゆかりの地を巡るという行為は、多かれ少なかれゲームコンテンツが地域の歴史や文化の継承の媒体になっているといえるのではないでしょうか。 北斎のオリジナル作品は、東京都美術館(台東区上野公園)で7月23日(木)から始まる「The UKIYO-E 2020 -日本三大浮世絵コレクション」や、すみだ北斎美術館(墨田区亀沢)で実際見ることができます。 上野はテレビアニメ版の『Fate/stay night』の聖地でもあり、北斎の作品巡りを堪能してみるのもいいかもしれません。
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