あなたのお気に入り作品も入ってる? 東京都の「不健全図書指定」という名ばかり制度をご紹介
1964年から始まった東京都の不健全図書指定制度について、ルポライターの昼間たかしさんが解説します。東京都の「不健全図書指定」とは何か 元号が平成から令和へ変わった2019年、東京都庁内の部署名も変わりました。 その中でも大きかったのは、「東京都青少年・治安対策本部」が「東京都都民安全推進本部」へと名称を変えたことです。もともと東京都青少年・治安対策本部は石原慎太郎都知事時代(1999~2012年)の2005(平成17)年8月、緊急治安対策本部や生活文化局都民生活部などを統合して発足した組織でした。 当時は、街にゴミのポイ捨てや放置自転車などが存在しているとやがて凶悪犯罪が増加するという「割れ窓理論」が大流行した時代。都内のあちこちに民間自警団が誕生したり、「歌舞伎町浄化作戦」などの取り組みも実施されたりして、ものすごく「監視されている感」が強まった時期でした。 それから十数年が経ち、監視カメラは増えました。しかし、行政は強権的な犯罪抑止施策をとることに疲弊。それが今回の組織変更の背景にあるように思えます。 組織変更で大きく変わったのが、青少年課から若年支援課への名称変更です。これまでも上位の組織名の変更はあったものの、青少年課という名称は長らく使われてきました。その消滅には、時代の変化を感じざるをえません。 どこの地方自治体でも青少年の問題を取り扱う部署はありますが、東京都の青少年課が特徴的だったのは「不健全図書指定」を毎月実施していたことです。これは1964(昭和39)年、東京五輪を契機に生まれた制度です。 不健全指定図書のイメージ(画像:写真) その内容は、18歳未満に読ませるべきでない暴力や性表現を扱っている雑誌や書籍を指定し、18歳未満に対して売らないよう、書店などに告知する制度です。 不健全図書指定のプロセスとは不健全図書指定のプロセスとは 全国でも「有害図書」という言葉を使った似たような制度がありますが、東京都が特徴的なのは毎月1回、不健全図書指定を必ず行っていることです。もともと出版社の多くが東京都に集中していることから、出版業界側でも東京都に指定されたものは、そのまま業界の自主規制として全国で売るものに適用という形になっています。最近ではインターネットショッピング最大手のアマゾンも、東京都が不健全図書指定した雑誌や書籍は取り扱っていません。 1964年に東京都がこの制度を導入するまでの出版業界との攻防だけで、一冊本が書けそうなドラマがあります。その後の出来事を全部書けば大長編になってしまいます。そのため、今回はそのシステムを解説することにしたいと思います。 不健全指定図書類一覧が掲載されたホームページ(画像:東京都都民安全推進本部) 東京都の担当職員は、書店を毎月巡って「これは青少年に読ませてはいけないのではないか」と思われる雑誌や書籍を買い集めます。これまでの取材ではだいたい、毎月120冊余りを購入していることが明らかになっています。 これを職員で読み、「指定の候補」となるものを抽出します。それから会議です。会議は2回あります。ひとつは「諮問(しもん)図書等に関する打ち合わせ会」と呼ばれるもの。これは出版業界関係者やPTA、書店やコンビニの代表者などを招き、東京都が提示したものが指定するに値する不健全な内容かの意見を述べてもらう場です。 その上で都議会議員やPTA、出版業界関係者などからなる「青少年健全育成審議会」で、改めて該当か非該当かの多数決で決定します。ここまでは、東京都のサイトにもすべて情報が公開されています。 120冊もいったい何を買っているのか120冊もいったい何を買っているのか さて、不健全図書のタイトルは東京都が広報するほか、書店などにはハガキでタイトルが通知されます。書店は18歳未満に売らないよう、成人向けの棚に置くなどの措置をとらなくてはいけません。 さて東京都が毎月120冊あまりを購入した中で、不健全図書に指定される雑誌や書籍の数は、どのくらいでしょうか。実はこの数年、毎月1~2冊だけなのです。わずかなのは、出版業界の自主規制がかなり綿密に行われているからです。 不健全な雰囲気のイメージ(画像:写真AC) 最初から「成人向け」と表記し、大人向けの店にしか置いていないものは18歳未満が手に取る可能性がないため、対象外となります。2019年に消滅しましたが、コンビニのコーナーに置かれている雑誌もシールで止めて中身が見られない自主規制を行っているので対象外です。 となると、残るのはお色気系マンガとか、主に女性読者を対象としたボーイズラブ(BL。男性同士の恋愛を描いた作品)のみ。それでも120冊を買っているのだから、いったいなにを買っているのかは謎です(これは情報公開されません)。 これまでの不健全図書指定の歴史の中で、あれもこれもと毎月10冊以上が指定されていた時代もあります。何度も東京都が条例を改正し、規制を強化しようとした時代もありました。そのたびに、時には妥協しながらも抵抗してきたのが出版業界なのです。その結果、よっぽどのものでないと候補にすら提出できないところまで、東京都に緊張感を与えるに至っているわけです。 インターネットの発展で形骸化する制度インターネットの発展で形骸化する制度 加えて、この制度はかなり形骸化しています。前述のようにインターネット書店には取り扱いを止めるところがあります。ところが、一般書店はどうかといえば、そのまま売っています。東京都はハガキで通知をしているわけですが、「不健全図書をそのまま売っていた」と厳しい取り締まりを行っているわけではありません。 筆者は書店に「この作品、指定されたんじゃないの?」と聞いたこともあるのですが、だいたいは「ハガキを読んでいなかった」といいます。東京都も形式上、制度を続けているに過ぎないのが現状なのです。 不健全な図書をチェックしているイメージ(画像:写真AC) インターネットの発展によって、制度の形骸化はさらに露わになっています。 近年、インターネット上で連載後、紙の単行本として出版するスタイルが増えています。その中で特にボーイズラブで顕著なのは、インターネットでの連載はサイトが18禁にも関わらず、書店で売るときは「成人向け」などの表示がないため、誰でも買えてしまう単行本になっているケースです。これは「成人向け」の表記があるものは取り扱わない書店が多いことや、女性への配慮が原因です。 そうした単行本は膨大にあるのですが、指定されるのはわずか。その理由は、東京都はあくまで書店で販売しているものだけを見ているからです。インターネットでの公開方法についてはチェックすらしていないことが、これまでの取材で明らかになっています。 形骸化した制度がこれからどのように変化していくのか、とても気になります。
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