治安が悪いって言ったの誰? 「住みたい街」に大変貌する足立区を支える強固な草の根活動
ネガティブなイメージで語られがちな東京・足立区。しかし近年「住みたい街」1位に輝くなど、その変貌が注目されています。背景にはいったい何があるのでしょうか。文教大学国際学部准教授の清水麻帆さんが解説します。犯罪は減少、地域愛は増加 東京都の区部北東部に位置する足立区――。皆さんはそんな足立区にどのようなイメージを持っているでしょうか。 東京都足立区(画像:(C)Google) 犯罪や貧困が多いなど、ネガティブなイメージのある人もきっと少なくないでしょう。しかし近年は老若男女が集まる活気ある街に生まれ変わりつつあり、イメージは飛躍的に向上しています。 例えば区内の北千住は、「SUUMO住みたい街ランキング2021 関東版」の「穴場だと思う街」で2015年から2021年まで7年連続、1位に選出されています。 また、足立区住民の意識に関しても、世論調査で同様の結果が得られています。足立区民の約ふたりにひとりは足立区を誇りに思っており、区民による足立区への評価も以前に比べて格段に上がっています。 実際、区内の犯罪件数(刑法犯認知件数)はこの20年間、減少傾向が続いています。2001(平成13)年の件数は1万6800件を超えていましたが、2020年には3693件まで減っています。前年よりも約1000件以上減少し、2年連続で戦後最小の件数となりました。 なお犯罪件数の多さは23区中19位で、人口比にすると9位。つまり、23区内で犯罪数が一番多いわけでもなく、むしろ以前の状況を勘案すると健闘しているのです。 それは区民の意識調査にも表れています。2012年には「治安が良いと思う」割合が「治安が悪いと思う」を超え、それ以後「治安が良い」と思う住民の割合は増加し、2020年には60%以上に達しています。 つまり、2012年を契機に犯罪件数の低下だけでなく、街に対する住民の意識や体感も転機を迎え、劇的な変化が見られます。 レシピ本にもなった足立区の給食レシピ本にもなった足立区の給食 では、なぜ劇的に変化したのでしょうか。 その背景には、 ・区が大学誘致(2003年~現在)を始めとするさまざまなアプローチを行っていること ・地域の人びとが一体となって街づくりを行っていること が挙げられるでしょう。 今回はそのひとつである「食」を取り上げます。まずは給食です。足立区の給食はおいしく、栄養のバランスが取れていることで知られます。2011年に出版されたレシピ本「東京・足立区の給食室」(泰文堂)は約6万部を売り上げました。 「東京・足立区の給食室」(画像:泰文堂) 副題にあるように「日本一おいしい給食」を目指し、化学調味料は使用せず、地元の野菜をなるべく使用し、ソースなどもすべて手作りのものを提供しています。 掲げられたモットーは次の四つで、 ・味(美味しいこと) ・食材(安全・安心・新鮮で旬な地産地消のもの) ・献立(食文化の継承や食べたくなるメニューの提供など) ・環境(安全で衛生的な調理環境や食事の雰囲気など) 食を通して「生きる力」「感謝の気持ち」を理解し、「給食時間の充実」「残菜ゼロ」を目標としています。 その結果、課題のひとつである残菜量の減少を達成しました。足立区によると、2008(平成20)年度の小中学校の残菜率と残菜量はそれぞれ11%、381tでしたが、わずか2年で7%、106tまで減少しています。 市場との連携で野菜情報強化 では、実際の取り組みをいくつか見てみましょう。 足立区は昨今のコロナ渦で、給食を急きょ「簡易昼食(2皿以下)」にする必要がありました。しかしその課題にも迅速に対応し、栄養バランスの考えられた新たな丼ものメニューが開発されました(簡易給食は8月で終了)。 足立区によると、小中学校の子どもたちが選んだ「丼ものランキング」では、1位がわかめご飯・煮物でした。そのほかにはキムチチャーハン、シチュー、ねぎ塩豚丼、焼きそば、種々(いろいろ)ピラフ、揚げパン、中華丼など、さまざまな丼ものや一皿メニューが上位に入りました。 2020年6月の「丼ものランキング」(画像:足立区) このほかにも、メキシカンライスやプルコギ丼など、大人でも食べてみたいと思わせるものがあり、子どもたちが給食が楽しみになるようさまざまな工夫がなされています。 それが功を奏したのか、丼もののメニュー期間の残菜率は1%前後で、ほとんどの学校で廃棄がなかったという結果になりました。 また、北足立市場(足立区入谷)と北足立市場協会、足立区とが「あだちベジタブルライフの事業協力に関する覚書」を締結し、野菜に関する知識などの提供を含め連携しています。 さらに子どもたちが地元農家との交流を通じて、食への関心やおいしさを楽しみながら学べる「食に関する授業」を行うなど、食育にも積極的に取り組んでいます。こうした授業を通じて、野菜嫌いの子どもが野菜を食べられるようになったという例も報告されています。 このような取り組みは、野菜の知識を広げ、その消費を促進し、地域内経済の循環につながります。 地域でこども食堂を支える地域でこども食堂を支える 地域社会でも同様な取り組みが自然と行われています。 足立区が情報提供・発信しているこども食堂は区内で15か所(2021年3月時点)ですが、それ以外の子ども食堂の団体や地域の飲食店も子どもたちの支援を積極的に行っています。例えば、子ども食堂「六町100円食堂」です。 コロナ渦で子ども食堂が開催できなかった際、六町駅前商店会の飲食店が協力し、「キッズランチ」という100円弁当を提供しました。同様に「あだち子ども食堂たべるば」も、本来の子ども食堂が開催できないため、見守りも兼ねて、子どもたちの自宅に弁当を届け、iPadも無料配布。オンラインでの交流を促進し、居場所を作る取り組みを行いました。 2021年3月時点の「子ども食堂MAP WITHフードパンドリー あだち」(画像:足立区) そのほか、コッペパンのサンドイッチを販売する2538kitchen DELI-coupe(足立区千住)は2020年の学校休校を受けて、子ども弁当を1食250円で販売していました。子育てパレットは当該会員のひとり親家庭に、企業などから寄付された食品を届けたり、子どもに関する相談を受け付けたりしています。 そのなかでも特筆すべきは、足立区内の野菜と花き専門の市場である北足立市場の関係者が設立した「こども食堂支援協議会」の活動です。 この組織は2021年4月の時点で、子ども食堂を運営する18団体に助成を行っており、助成は当該市場の野菜の即売会で得た収益から配分されています。即売会はボランティアで構成され、西新井大師参道(毎週土曜・午前)など区内8か所で、定期的に開催されています。 このように地域一体となって食を通じて、子どもたちの心身の健全化を図り、地域の人びととの交流やつながりを作ることで、貧困や犯罪の悪循環を断ち切り、非行の減少にもつなげています。 また地産地消は地域内の経済循環を促進し、地域経済の活性化にも一役買うことにもつながります。食を通じた相互互助の活動や取り組みが街自体を活性化し、住民のつながりや絆を深め、自然と街自体を元気にする原動力になっているのです。こうした食を通じた実質的な草の根活動が、街の景色やイメージを変容させているのです。
- 北千住駅