リッチなお坊ちゃん校と思いきや 創立当初は苦学生を支援「成蹊大学」とはどのような大学なのか
安倍前首相の出身大学として知られる成蹊大学。そんなイメージから裕福な家庭の学生が多いイメージがあります。しかし創立時はその真逆でした。教育ジャーナリストの中山まち子さんが解説します。苦学生向けの教育機関だった母体 安倍晋三前首相の母校として知られる成蹊大学(武蔵野市吉祥寺北町)。そんな同大のイメージと言えば、 ・良家の子息女が通っている ・裕福な家庭の学生が多い などが一般的です。しかし、実は苦学生を対象とした学校として創立した歴史を持っていることをご存じでしょうか。 武蔵野市吉祥寺北町にある成蹊大学(画像:(C)Google) 創立者である中村春二は高等師範学校付属学校尋常中学科、旧制第一高等学校を経て東京帝国大学文科大学国文学科に進学、卒業した教育者です。 教室で座って一方的に授業を聞いたり、知識を詰め込んだりするだけの教育に違和感を覚えた中村は生徒の個性を伸ばす教育を実現すべく1906(明治39)年、自宅のあった本郷に私塾を開校しました。 その後、1912(明治45)年に成蹊実務学校を池袋に設立。成蹊大学を運営する成蹊学園ではこの年を創立年としています。当初は進学したくても家庭の経済事情を理由に断念せざるを得ない子どもを対象にした無月謝の学校でした。 1学級25人の少人数指導を行い数学や英語を重視するという、当時の日本では斬新できめ細かな教育をモットーにしていたのも特筆すべき点です。 吉祥寺の敷地は岩崎家が寄付 中村の学校設立に尽力したのが、高等師範学校付属学校尋常中学科時代の同窓生だった今村銀行の今村繁三と三菱財閥の岩崎小弥太です。 両者はともにイギリスの名門ケンブリッジ大学を卒業している、当時では珍しい日本以外の教育の経験者。財閥の御曹司で海外留学が可能だった身分ではありますが、中村の教育理念である「個性の尊重」等に共感。財政的支援を行っていきました。 さらに1914(大正3)年に中学校、翌年には小学校を開校と規模を拡大し、1924(大正13)年に池袋から緑豊かな広大な吉祥寺へと移りました。 1919(大正8)年発行の地図。現在の武蔵野市吉祥寺北町。成蹊学園はまだない(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕) このように、中村春二を強力に支援した岩崎小弥太は成蹊学園の初代理事長に就き、以後三菱の関連企業出身者が理事長に就くなど、創立当初からの結びつきは現在も続いています。 美しいケヤキ並木は樹齢120年美しいケヤキ並木は樹齢120年 吉祥寺への移転当時に学園本館へと続く道沿いに植えられたのが、成蹊大学のシンボルにもなっているケヤキです。当時、樹齢25年から30年までのケヤキが植栽され、現在は樹齢120年の木々が静かに学生を見守り続けています。 「残したい日本の音風景100選」にも選ばれた成蹊大学のケヤキ並木(画像:(C)Google) 大学の近くにには、かつて東洋一の飛行機製造企業と言われた中島飛行機武蔵製作所があり、戦時中は攻撃の対象に。しかし周辺では複数回の空襲があったものの、成蹊学園は辛くも大きな被害を受けずに済みました。 戦災を免れ、環境省認定の「残したい日本の音風景100選」にも選ばれたケヤキ並木の美しさは学生だけでなく近隣住民からも愛されています。また、キャンパスも2011年度のグッドデザイン賞(日本デザイン振興会)を受賞しています。 戦後の1949(昭和24)年に政治経済学部の単科大学からスタートした成蹊大学は現在、 ●経済学部 ・経済数理学科(2020年4月開設) ・現代経済学科(2020年4月開設) ・経済経営学科(2019年度入学生まで) ●経営学部 ・総合経営学科 ●法学部 ・法律学科 ・政治学科 ●文学部 ・英語英米文学科 ・日本文学科 ・国際文化学科 ・現代社会学科 ●理工学部 ・物質生命理工学科 ・情報科学科 ・システムデザイン学科 5学部12学科で編成され、吉祥寺のワンキャンパスに7442人の学部生が在籍しています(2020年度)。 三菱との独自プログラムも 前述のように創立当初から三菱財閥とのつながりが強く、同グループのウェブサイトには、岩崎小弥太が中村春二に宛てた書状の中で卒業生の採用について書いたエピソードが紹介されています。 成蹊大学は三菱を筆頭に、有名企業との長年の信頼関係を構築してきた歴史を生かし、2013年度から独自の産学連携人材育成プログラム「丸の内ビジネス研修(MBT)」を行っています。 「丸の内ビジネス研修」のウェブサイト(画像:成蹊学園) 例年、大学3年生から大学院1年生を対象にしたこのプログラムは学部に関係なく研修や討論を実施。春からの校内準備を含めると、7か月にも及ぶ実践的な研修です。 ビジネスマナー講座から第一線で活躍中のビジネスパーソンとの議論、インターンシップなど社会に出るまでに必要なスキルを体験できる内容になっています。 三菱グループの企業はもちろんのこと、有名企業も参加しており成蹊大学の強みを生かした取り組みとなっているのが特徴です。 学部生8000人に満たない大学で大企業と連携したオリジナルの研修が実施できるのは、創立以来変わらぬ三菱との絆だけではなく、成蹊大学の教育理念を理解し賛同している企業が多いからにほかなりません。 建学の精神は今も建学の精神は今も 建学の精神でもある ・個性の尊重 ・品性の陶冶(とうや) ・勤労の実践 は現在も受け継がれています。 MBTだけでなく、地元の特産物や商店街と連携した地域活性化のゼミでは働くことのプロセスを経験できます。 成蹊大学のウェブサイト(画像:成蹊学園) また成蹊大学では10人から15人までの少人数のゼミを行うことで、道徳観や協調性、主体的に学ぶ伝統的な指導が続いています。 自分の個性を知り、長所を磨くことは社会に出てから活躍するためには必要なスキルです。先行き不透明な時代に突入した今、こうしたシンプルな能力は一層重要視されるでしょう。
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