本当に歩きづらくなかった? 高さ10cm以上、平成の「厚底靴」はなぜ流行したのか
渋谷ギャルも原宿ガールも厚底だった時代 90年代、東京を中心に女性たちの間で流行した靴……というとなんとなくイメージするデザインのひとつは「厚底ブーツ」ではないでしょうか? 平成の流行やカルチャーの変遷を発信する筆者のツイッターでも、当時の靴の画像を投稿すると同世代や下の世代から大きな反響が寄せられます。 それだけ90年代の厚底靴はインパクトの強い存在だったのでしょう。90年代~00年代にかけて青春時代を過ごした筆者にとっても、掛け値なく愛すべき流行でした。今回はそんな90年代の厚底文化について語りたいと思います。 想像以上に長い、厚底靴の歴史 そもそも厚底靴とはなんなのでしょうか? 身長を高く見せるという点では、ハイヒールと同じ印象を持つかもしれませんが、実際に履いてみると両者は大きく異なることに気づきます。踵(かかと)の部分が7cm以上持ち上げられる形状のハイヒールに対して、厚底靴の特徴は踵だけでなくつま先にも厚みがあるのが特徴です。 90年代に脚光を浴びたサブカルチャーのひとつと捉えられがちですが、厚底靴には長い歴史があります。 海外の厚底靴の歴史は深く、最初は古代ギリシアの劇場に登場する重要人物を目立たせるために使われていました。その後は日本の花魁(おいらん)のように、16世紀のベニスで高貴な生まれの男娼や高級娼婦を目立たせるのに使われます。18世紀のヨーロッパでは裏道の泥や汚物を避けるのに履かれ、古代中国での京劇でも使われていました。 日本における代表的な厚底靴として三枚歯の花魁下駄があります。18世紀中頃、京都の花街である島原の発祥と言われ、その後、江戸吉原にも渡り、高級花魁が用いたと伝わります。 時代劇などで見たことがある人もいるのではないでしょうか? 黒塗りで非常に重いがゆえに、転倒は最も恥ずべきこととされ、歩く練習さえ行われていたといいます。 また意外かもしれませんが、靴デザイナーの久我浩二氏が1980年代後半に厚底靴を提案しています。 転倒に気をつけて歩き、そして自分を目立たせるという点では、昔も現代も目的や用途は共通しているのです。 90年代に高まった「全身バランス」への意識90年代に高まった「全身バランス」への意識 厚底靴が本格的に登場する以前、足を長く見せるための必須アイテムはハイヒールでした。バブル期を語るうえで欠かせないジュリアナ東京(港区芝浦、1994年に閉店)の登場により、ハイヒールも流行のアイテムとなりました。 当時、お立ち台で「ジュリ扇(羽付き扇子)」を手に踊る際のドレスコードといえばワンレン・ミニスカ・ボディコンでしたが、より足を長く見せるためにハイヒールが仲間入りしたのは必然と言えるでしょう。 1993(平成5)年頃からは本格的なスーパーモデルブームが到来し、8頭身ボディに憧れる女性が増えてきたのも平成初期の特徴です。 そして1995年、本格的な厚底靴ブームを迎えます。 このブームの立役者ともいえるのが歌手の安室奈美恵さんです。当時、愛用ブランドであるエルダンテスの厚底ブーツで、パワフルでキレのあるダンスを踊る姿は話題になります。 筆者所蔵の雑誌『Popteen』2000年1月号。厚底靴のブームは90年代から00年代にかけて、ブーツ、スニーカー、サンダルなどに広がった(画像:Tajimax、角川春樹事務所) もともと小顔で非常にバランスの良い体型の安室さんですが、小柄な安室さんをさらに引き立てたのが厚底ブーツでした。彼女の158cmという日本人の平均的な身長はさらに親近感と憧れを覚え、厚底靴ブーツは瞬く間に人気になります。 この頃からギャルのマストアイテムとして厚底ブーツは定番となり、90年代後半はつま先から踵までのソールが一体になったタイプが主流になっていきました。 一方で、原宿系と称された女性ファッション誌『Zipper』(祥伝社)愛読者などの間では、ヴィヴィアン・ウエストウッドといったブランドが流行。その代表的なアイテムとして「ロッキンホース・シューズ」があります。 誰もが厚底、おしゃれアイテム筆頭に誰もが厚底、おしゃれアイテム筆頭に 木馬に似た木底の厚底靴でぽっくりのような靴は、ヴィヴィアンの不朽の名作となります。 日本ではタレントの千秋さんやストリート雑誌の人気モデル、多数の人気アーティストが愛用していたこともあり、価格が高いのにも関わらず同ブランドの靴は日本でも大ブレイク。特に「ロッキンホース・バレリーナ」は、着脱の面倒くささなんてお構いなしに女性たち憧れの靴として登り詰めます。 筆者所蔵の書籍『私たちのヴィヴィアンウエストウッド』(1998年発行)。編み上げの厚底靴がかわいらしく大人気に(画像:Tajimax、祥伝社) 当時、小柄な千秋さんが足元にボリュームある靴を履く姿は大変かわいく、そのキュートな姿に憧れた人も多かったのではないでしょうか。 ファッションの系統に関係なくさまざまなファッションが流行した90年代ですが、興味深いのは誰もが「全身のバランス」を重視して厚底靴を履いていたこと。それほどファッションと「靴」の関係が強まった時期とも言えるのでしょう。 00年代初頭、厚底はスニーカーとサンダルに そういった理由から、厚底靴というと90年代の厚底ブーツのイメージが強くありますが、なんだかんだその人気は2000年代前半まで続きました。 00年代には厚底スニーカーが登場。人気ブランドとなったバッファローを筆頭に、インパクトある見た目が女性たちの注目を大いに集めます。 歌手の浜崎あゆみさんもライブで厚底スニーカーを履いていたこともあり、90年代の厚底ブーツと同様、瞬く間に人気を獲得しました。 また00年代に厚底スニーカーと双璧をなしたのが厚底サンダル。特に00年代の厚底サンダルの代表格は何といっても、くり抜きサンダルでしょう。 ハイヒール人気の回帰とその理由ハイヒール人気の回帰とその理由 アメリカの歌手ローリン・ヒルがskyというブランドのくり抜きサンダルを履いていたことにより、ソールの真ん中をくり抜いたこの個性的なサンダルは2000(平成12)年の夏の定番となりました。 筆者所蔵の雑誌『Cawaii!』2000年4月号。当時斬新なデザインだったソールくり抜きの厚底サンダル(画像:Tajimax、主婦の友社) ちなみに厚底サンダルに関しては、10年後の2010(平成22)年にリバイバルして人気を集めたことも興味深いところです。 00年代初めの流行をあらためて眺めると、90年代よりもさらにデザイン性を求めるようになっていき、主張のある靴が話題になったと言えます。 その一方で同時期には、後のエビちゃんブーム(モデル蛯原友里さん人気)に代表されるようなコンサバも流行し始め、今度は厚底が薄くなりヒールも細くなっていきます。 原宿系のファッションも、徐々に厚底靴が影を潜めていきました。 体型的コンプレックスをカバーするため「全身のバランス」を重視した90年代に対して、00年代は靴を含めたファッションとしての「全体のバランス」へ関心が移行していったと筆者は感じます。 00年代に流行したコンサバ系にしてもセレブカジュアル系にしても森ガールにしても、足元が厚底靴では、やはりそこだけ浮いて見えてしまったのです。 靴そのものの形が見直されていき、90年代のブーツと比較すると形状が「キレイ目」に変化しているのが印象深いです。 また2003 (平成15)年辺りからセレブブームが起こり、90年代のスーパーモデルブームのような海外セレブブームが流行。レディ・ガガやジェニファー・ロペス、パリス・ヒルトンなど人気セレブたちが身にまとう派手なファッションや奇抜な靴は、日本でも話題になりました。 この時代の、ファッション性を最重視した個性的な靴は、今見てもなかなか面白いものがあります。 令和、「厚底文化」再燃の可能性は?令和、「厚底文化」再燃の可能性は? しかしあらためて、厚底靴はなぜここまで流行したのでしょうか? 筆者の場合、足の形が甲高幅広ということもありハイヒールよりも厚底靴の方がラクに履けるという実感がありました。足が痛くなりにくい割には身長を“盛れた”のが人気の一番の理由かと思う一方、視線が高くなるあの感じが、いつもの自分より少し自信がつく気がしてとにかく好きでした。 正直、厚底靴は異性からモテない靴でしたが、それでもそんなことは関係なしに強気に履いていた時代を懐かしく思い出します。 平成から令和にかけて、以前のような極端にヒールの高い靴や厚底靴はほぼ見かけなくなりました。時代性もあるとは思いますが、近年流行している長めのスカート丈とのバランスでフラットシューズの方がバランスを取りやすいというのもあるのでしょう。 筆者自身も厚底靴は履かなくなり、最近ではヒールの靴をお出かけのときに履く程度になってしまいましたが、たまにヒールの高い靴やウエッジソールを履くと、当時の気持ちがふとよみがえり、やはり今でも気合いが入ります。 コロナ禍で外出を控えてる最近では、ローヒールがより人気になっていきますが、一方で90~00年代ファッションやカルチャーが若者から注目を集めるようになっているのも事実。 令和で厚底靴がどのようなポジションに扱われるのか。コロナが落ち着き、皆がまた外出する頃には再び厚底文化が復活するかもしれません。 青春時代の流行回帰をもしかしたら目の当たりに出来る日が来るのかもしれない……なんて思うと、当時を過ごした身としては少し不思議な気持ちと楽しみが込み上げてきます。
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