上陸難易度はトップレベル、日本初の原生自然環境保全地域「南硫黄島」をご存じですか【連載】東京無人島めぐり(3)
東京都内に330もある島――その中でも無人島の歴史についてお届けする本連載。3回目となる今回の島は「南硫黄島」。案内人は、ライター・エディターの大石始さんです。研究者も上陸が許されない島 都心からはるか南方に位置する小笠原諸島――。 経済の中心地である父島までは竹芝埠頭(ふとう。港区海岸)からフェリーに乗って24時間ほどかかりますが、父島からさらに南へ300km先の海域には北硫黄島、硫黄島、南硫黄島の三つの島が浮かんでいます。 そのうち明治から昭和初期までふたつの集落が存在した北硫黄島、太平洋戦争時には激戦地ともなった硫黄島には人が定住した過去がありますが、南硫黄島は後述する例外を除き、これまで人間の定住を拒んできました。 南硫黄島(画像:海上保安庁) 島全体の平均斜度は45度。平地がほとんどない険しい地形に加え、島全体が天然記念物(天然保護区域)に指定されており、研究者ですら上陸が許されていません。上陸難易度は日本の離島のなかでもまさにトップレベル。それが南硫黄島という島なのです。 いくつもの気候帯が島に共存 硫黄列島が東京府小笠原島庁管轄となり、それぞれの島名が定められたのは1891年(明治24)年のことでした。以降、数度の調査が行われますが、終戦後、南硫黄島は小笠原諸島のほかの島々とともに連合国軍占領下に置かれました。 1968(昭和43)年に日本に返還されると、1972年には天然保護区域に、さらに1975年には南硫黄島全域が日本初の原生自然環境保全地域に指定されました。 南硫黄島(画像:海上保安庁) 南硫黄島は他の島々から遠く離れているうえに、人間の手がほとんど加えられていないことから、特別な自然環境が残されてきました。 大変貴重な固有種が生息していることに加え、低地は熱帯・亜熱帯、中間は雲霧帯、頂上付近は温帯といういくつもの気候帯がひとつの島のなかに共存しているため、その生態系は多様で複雑。 厳しい自然環境に適応するため、虫や鳥類のなかには進化の途中にあるものも生息しているとされます。世界的に見ても大変貴重な自然環境が守られてきた島なのです。 2017年6月、16日間に渡る調査を実施2017年6月、16日間に渡る調査を実施 2007(平成19)年6月には小笠原諸島の世界自然遺産登録を前に、実に25年ぶりとなる環境調査が実施。 それから10年後となる2017年6月13日からは、東京都と首都大学東京(現・東京都立大学。八王子市南大沢)、NHKによる共同調査が16日間に渡って実施されました。 このときの調査ではリュウキュウノミガイ属の新種が発見されたほか、過去の調査ではわずか1頭のみが確認された南硫黄島固有のゾウムシ、ミナミイオウスジヒメカタゾウムシが再発見されるなど、大きな成果を残しました。 再発見されたミナミイオウスジヒメカタゾウムシ(画像:神奈川県立生命の星・地球博物館) また、このときはドローンを使った広範囲の調査も行われ、その結果、アカアシカツオドリの集団営巣地が国内で初確認されることにもなりました。 かつては数人の漂流者も 人間の上陸を拒んできたこの南硫黄島にも、過去には数人の漂流者がいました。 1886年(明治19)年には函館から青森の下風呂村(現・風間浦村)に渡ろうとしていた船が数か月の漂流の果てに漂着。9人の船員のうち佐賀喜作ら3人が島に残り、母島の漁船に救出されるまでの約3年半を島で生き抜きました。 2004(平成16)年には広島のプレジャーボートが北東岸に座礁。9人が救助を待つために島へ上陸しました。 そのように、一般人は漂流でもしないかぎりは上陸できない南硫黄島ですが、2017年6月の調査は翌年に放映されたNHKスペシャル『東京ロストワールド』で放送され、2020年9月27日まではNHKオンデマンドで視聴可能とのこと。 営巣中のアカアシカツオドリ(画像:森林研究・整備機構森林総合研究所) こちらの番組では一般人は決して見ることのできない秘境中の秘境・南硫黄島の貴重な自然環境がたっぷり紹介されており、視聴の価値ありといえるでしょう。 呼称は「じま」から「とう」へ呼称は「じま」から「とう」へ ちなみに、南硫黄島の島名が「みなみいおうじま」から「みなみいおうとう」へ正式に変更されたのは、25年ぶりとなる環境調査が実施された2007年6月のことでした。 南硫黄島(画像:写真AC) 第2次世界大戦以前、南硫黄島の北に浮かぶ硫黄島の島民たちは自分たちの島のことを「いおうとう」と呼んでいましたが、アメリカ軍の統治下だった時代に「いおうじま」となり、その後その読みが定着していました。 島を離れた島民たちからの要請もあり、2007年には硫黄島の呼称がもとの「いおうとう」に戻るとともに、南硫黄島の呼称も「みなみいおうとう」となりました。たかが「じま」「とう」の違いとはいえ、そこには故郷に対する島民と子孫たちの強い思いがあったのです。 ●参考文献: ・「地球最後の秘境?原生の自然が残る南硫黄島」(小笠原村観光局) ・「世界自然遺産の小笠原諸島南硫黄で10年ぶりの自然環境調査の結果について」(首都大学東京) ・「東奥日報紙上に見られた水産関係記事の再録集」(青森県産業技術センター水産総合研究所)
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