「五輪一色」報道が及ぼす危機感 2020年都知事選、今こそ問われる有権者の投票態度
2020年7月5日に実施されることとなった東京都知事選挙。都知事選には毎度、「泡沫候補」と呼ばれるマイナーな候補者が登場します。そんな彼らと有権者の投票態度についてフリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。選挙は“後出しジャンケン”が有利 東京都選挙管理委員会は、2020年の東京都知事選挙の投開票日を7月5日(日)にすることを発表しました。半年以上も前に、選挙日程が決定されることは異例です。肝心の都知事選への出馬を表明する立候補予定者は、今のところ現れていません。 都知事室がある東京都庁(画像:写真AC) 都民のみならず全国から注目が集まる都知事選ですから、選挙戦では活発な政策論争を期待したいところです。一票を投じる有権者は、立候補者の政策を吟味してから投票します。選挙とは、要するに立候補者が政策を競い合う勝負です――と言いたいところですが、実際はそうなっていません。 もちろん、立候補者の政策を投票材料にしている有権者はいます。その一方で、「イメージがいいから」とか「親しみが持てる」「テレビで見て、知っているから」といった理由で、一票を投じる有権者も少なくありません。 これらの声は、選挙が知名度で争われていることを示唆しているため、立候補者はそうした“有名人票”を取り込むべく選挙戦術を練っています。その結果、選挙は情報戦も当落を左右するほど重要なファクターになっているのです。 例えば、選挙に出馬しようとする人は、告示日よりも前に記者会見を開いて出馬表明をするのが習わしになっています。出馬表明が早ければ、有権者はその人物が掲げる政策を見極める時間が増えます。しかし早く立候補を表明してしまうと、後から表明した人の話題にかき消されてしまい、早くから出馬表明した候補者は選挙で埋没してしまうのです。 ギリギリのタイミングで立候補すれば、投開票日まで世間の耳目を引きつけられます。選挙は“後出しジャンケン”が有利と言われるゆえんです。 そうした情報戦以前に、選挙に出馬しても選挙関連のニュースで取り上げてもらえない候補者もいます。政見放送や選挙公報は立候補者全員を平等に扱いますが、テレビの討論番組やニュース番組、新聞報道は違います。2016年の都知事選は、都知事選史上最多の21人が立候補しました。このうち、テレビ・新聞は3人の候補者を主要候補と呼び、ほかの18人との扱いには大きな差がありました。 泡沫候補が主張する政策にも注目を泡沫候補が主張する政策にも注目を ひとつの選挙に多くの候補者が出馬すると、個々の候補者を取り上げる時間や紙面が足りなくなってしまいます。そうした事情から、報道機関は主要候補と泡沫候補を事前に選別。主要とされた候補者の政策や動向を詳細に報じる一方で、泡沫候補の政策や動向は「ほかにも、こんな方々が立候補しています」というナレーションとともに名前を伝えて済ませます。 また、商工会議所や青年会議所といった諸団体が告示日前に公開討論会を実施することもありますが、そうした討論会にも泡沫候補が呼ばれることはありません。時間の都合という理由から、報道機関が主要候補と泡沫候補を事前に選別することは有権者の観点から見ても問題があります。有権者が18人の候補者の政策を知ることができなくなるからです。 有権者のなかには、泡沫候補の政見を聞くことは時間の無駄と考える人もいるかもしれません。しかし、主要候補だから政策が素晴らしいという保証はありません。もしかしたら泡沫候補が主張する政策の方が自分の考えに近い場合だってあるのです。 あらゆる選挙に立候補してきたマック赤坂さんは、2019年の港区議選で悲願の当選(画像:小川裕夫) 実際、数々の選挙に立候補したマック赤坂さんは長らく泡沫候補として冷遇されました。2016年の都知事選でも泡沫候補として扱われています。しかし、2019年の港区議会選挙で念願の当選。現在、マック赤坂さんは港区議として活躍中です。 同じく2016年の都知事選に泡沫候補として扱われたNHKから国民を守る党代表の立花孝志さんは、2019年の参院選で当選。晴れて国会議員になっています(その後、参議院埼玉県選出議員補欠選挙に出馬するため辞職)。 どんな人物でもキラリと光る政策を持っています。それが、仮に大半の有権者には無関係な政策だったとしても、一部の有権者にとっては非常に有益な政策かもしれません。事前に報道機関がシャットアウトしてしまえば、一部の有権者にも届きません。それは投票の選択肢を狭め、一票を投じる有権者にとって明らかにマイナスです。 泡沫候補の扱いを不当と感じている人たちもいます。フリーランスライターの畠山理仁さんは、泡沫候補に対して敬意を込めて“インディーズ候補”と呼びます。 長年、“インディーズ候補”の取材を続けた畠山さんは、2017年にインディーズ候補者たちの選挙戦を描いた『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)を出版。同作は第15回開高健ノンフィクション賞を受賞し、インディーズ候補の存在や活動にも光が当たりました。 報道機関から黙殺されがちな“インディーズ候補者”たちの政策にもきちんと耳を傾けようという方針から、畠山さんは分け隔てなく立候補者全員に出演交渉し、インターネットで開票特番を生中継しています。 「平等に扱う」ルールが、報道の足かせに「平等に扱う」ルールが、報道の足かせに 2016都知事選の投開票日も、畠山さんは「候補者と見よう!開票特番2.0」というインターネット番組を生中継しました。 インディーズ候補者たちは仕事を掛け持ちしながら選挙活動をしているため、スケジュールの都合で出演が叶わない候補者もいます。しかし、畠山さんの番組では、普段は聞くことができないインディーズ候補者たちの生の声に接することができるのです。 報じられない“インディーズ候補”も有権者にマイナスですが、公職選挙法には有権者にとって不利益と思えるような決まりがいくつかあります。 公職選挙法や放送法などでは、テレビや新聞といったメディアは立候補者を平等に扱うように促しています。一見すると当たり前に思えますが、「平等に扱う」というルールが、報道の足かせになることもあります。テレビや新聞は、「平等に扱えないなら、そもそも選挙の報道をしない」という姿勢を取ることがあるからです。 テレビや新聞が選挙報道を控えれば、選挙に関する情報量はガクンと減ります。報道機関が選挙報道を控えても、投票日は延期されません。判断材料を奪われた有権者は、手探りで投票しなければならなくなるのです。 2020年の都知事選は、目前に迫った東京五輪で世間は一色になっていることでしょう。盛り上がっているさなかに選挙戦に突入します。必然的に、テレビや新聞などでは五輪の情報が溢れます。その分、都知事選の情報は減ります。 世紀のスポーツイベントである五輪の情報を伝えることも重要ですが、それらに都知事選の情報が押し流されてしまうことは、都民の、ひいては日本全体の損失にもつながります。
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