電車内から「騒がしい会話」が知らぬ間に聞こえなくなった理由
世相を反映する「電車内での迷惑行為」 全国の私鉄各社が加盟する日本民営鉄道協会(民鉄協)は2019年12月に例年通り、その年の「駅と電車内の迷惑行為ランキング」を発表しました。このランキングは、同年10月から11月までの2か月間、同協会のホームページ上で行った「駅と電車内のマナーに関するアンケート」の結果によるものであり、2676人が回答しています。 あなたは電車の中でスマートフォンを触りますか?(画像:写真AC) 1位は席を詰めないなどの「座席の座り方」のマナー違反であり、前回2018年に1位で今回は3位となった「荷物の持ち方・置き方」と入れ替わり、初めてランキング・トップに立ちました。 前回1位の「荷物の持ち方・置き方」について新聞・雑誌の報道では、鉄道各社が注意を促し、利用者もリュックサックやショルダーバッグを邪魔にならないように持ち替えるなどの行動を取るようになったためにランクダウン、結果として、以前から上位だった「座席の座り方」が1位に浮上した――という見方が紹介されています。しかし、本当にそうなのでしょうか。私(本川裕。統計データ分析家、統計探偵)は別の見方もできると考えています。 首都を巡る世相の変化を統計データで明らかにしようという本シリーズ、今回は、東京でも関心の高い車内迷惑行為のランキングの変遷(へんせん)を追い、近年の乗客行動の変化の要因を分析してみます。 トップ3は、座り方・乗降マナー・荷物の持ち方トップ3は、座り方・乗降マナー・荷物の持ち方「図1」には、日本民営鉄道協会による毎年のアンケート結果における順位の推移を示しました。アンケートは1999(平成11)年から行われていますが、迷惑と感じている行為を3つまでの複数回答で答える方式になったのは2009(同21)年からなので、それ以降のランキングの推移を示しています。 「図1」駅と電車内の迷惑行為ランキング推移(図表:本川裕) 2019年の結果について、順位の元になった実際の回答率を示しておくと、第1位の「座席の座り方」は41.3%、第2位の「乗降時のマナー」は33.2%、第3位の「荷物の持ち方・置き方」は32.0%です。 項目ごとの順位の推移を見ると、順位があまり変わらないものと順位の変動が大きいものとに大別できることが分かります。 ●順位があまり変わらないもの 「座席の座り方」 「乗降時のマナー」 「スマホ等の使い方」 スマートフォンなどの使い方を除くと、時代の変化と言うより、根本的な人間性の弱点を反映しているといえるでしょう。スマホなどの使い方は、当初大きな課題だった通話・着信音はガラケーからスマホへの転換により改善されましたが、歩きスマホの方はなお問題が大きいといえます。 「騒々しい会話」がランクダウンした背景は?「騒々しい会話」がランクダウンした背景は? 一方、順位の変動が大きいものとしては、以下が挙げられます。 ●順位が上昇したもの 「荷物の持ち方・置き方」 「喫煙」 ●順位が低下したもの 「ヘッドホンからの音もれ」 「騒々しい会話・はしゃぎまわり」 「ヘッドホンからの音もれ」が順位を低下させたのは、新しい製品の登場や流行など時代の変化にマナーが追いつくのに時間がかかったことを示していると思われます。 「騒々しい会話」が特に最近減ったのは、スマホばかり触っていてしゃべることが少なくなったからでしょう。通勤時間帯にしか電車に乗らないと気がつきにくいと思いますが、あれだけうるさかった電車通学の中高校生の集団がこのところやけに静かなのは、それぞれがスマホに夢中になっているからです。 車内が騒々しくなくなったのは、ある種プラスの効果ですが、むしろ周囲の動きに無頓着になって、座りたい人のために席を詰めないといったマイナス面の方が気になります。 一方、大きく順位を上昇させた「荷物の持ち方・置き方」については、荷物を運ぶ苦労を軽減できるリュックサックやショルダーバッグ、キャリーバッグの利用が増えたためです。リュックサック利用についてはスマホを使うために両手を空けたいというニーズが強まっているのも一因でしょう。 多くの人が乗り降りする首都圏の電車ホームのイメージ(画像:写真AC) もっとも、上でも触れた通り「荷物の持ち方・置き方」は2018年に1位となってから、今回の19年にかけては順位を下げており、電鉄会社による啓発もあってこの点に関するマナーがやや改善されたようです。この点は民鉄協のアンケート担当者も認めています。 「喫煙」は2017年まで順位を上げていましたが、18年から「決められた場所以外での」と限定されたので順位が下がりました。しかし、こうした限定がなければ、なお高い順位だったと思われます。「決められた場所以外」で吸う人は論外であり、そもそも煙の流れ自体を迷惑だと感じる人が増えていると考えられます。 問われる「電車でのリュック」マナー問われる「電車でのリュック」マナー「荷物の持ち方・置き方」の迷惑がなぜ増えたかという点は、「図2」に掲げた「迷惑行為の具体像」のグラフを見ると明快です。すなわち、リュックサックやショルダーバッグ、特にリュックサックの普及によるものだということが理解されます。 「図2」駅と電車内の迷惑行為の具体像(図表:本川裕) かつては一部の若者だけのものだったリュックサックを、今はビジネスマンや高齢者も愛用するようになり、電車内にも持ち込んでいます。 スマホを操作するには両手を開けられるので便利ということなのかもしれませんが、ずいぶん前からの動きであるところを見るとそれだけでもないような感じがします。実は、手提げバッグ派の私は、「なぜ、自分の便利さのために他人の迷惑は顧みないのか」と以前からニガニガしく感じていたことを告白しましょう。 さらに、「乗降時のマナー」の具体像で「扉付近から動かない」が増えているのは、扉付近でスマホを操作しながら自分の世界に入り込み、乗降客の流れに気がつかない人が増えているためではないかと思われます。 なお、2014年までは「混雑した車内へのベビーカーを伴った乗車」が選択肢として挙げられていましたが、そもそも、これを迷惑行為のひとつと考えること自体が適切でないとして、2015年以降は選択肢から除かれています。 迷惑行為に共通する「スマホ」への警鐘迷惑行為に共通する「スマホ」への警鐘 以上を総合すると、車内の迷惑行為の変化にはスマホの普及が大きく関わっていると考えざるを得ません。 歩きスマホの迷惑だけでなく、車内が静かになったこと、両手が使えるリュックサックが普及したこと、扉付近から動かないこと、さらにあえて言えば、座席を詰めないことも、日本人の多くが「24時間スマホ生活」に陥り、駅や車内といった公共の場でも、自分だけの世界に入り込んだまま周囲を気遣うことが少なくなってきているからではないでしょうか。 スマホの影響は何も日本人だけではないようです。いや、欧米の方がもっと深刻化している可能性があります。 89歳になって40作目となる新作映画を撮り終えたクリント・イーストウッド監督はインタビューのなかで、真偽が未確認のまま、疑惑情報だけが飛び交ってメディアや警察によって主人公が爆破事件の犯人と誤認されるという新作のテーマにふれ、状況は悪化していると危機感を訴えています(毎日新聞2020年1月21日夕刊)。 そしてまた、これと通じ合う最近の動きとして、会員制交流サイト(SNS)全盛の世の中を「クレージーだ」と憂えています。「道を歩く人もレストランで食事をするカップルもみんな、全てを支配されたかのようにスマートフォンを見ている。以前はもっと周囲を見渡して耳を澄まし、いろんなことを吸収していた」。 高齢者にとって、新時代のトレンドが疎ましく感じられることが多いのは、年をとって柔軟な考えが難しくなるからだけでなく、自分が信じてきたマナーや行動パターンを多くの人があっさりと放棄するのを見ると、大げさに言えば、これまでの人生が否定されているような気になるからでしょう。 車内マナーの変遷に対して、若くはない私がクリント・イーストウッド監督と同じような違和感を覚えるのも、そうした理由が大きいのかもしれません。
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