「渋谷パルコ」に新宿二丁目のゲイバーがオープンした社会的意義
かつてカルチャーをけん引したパルコ。そんなパルコの中心地・渋谷パルコが11月22日、復活しました。地下1階のフロアにはゲイバーが出店。LGBT当事者でライター、編集者の冨田格さんがその意義などについて解説します。田舎の中学生には刺激的過ぎたパルコという存在 昭和後期の1977(昭和52)年。大分県別府市に住んでいた中学生の僕にとって大きなトピックがありました。それは隣の市である大分市に「大分パルコ」が誕生したことです。 渋谷パルコの地下1階にオープンしたゲイバー「キャンピーバー」(画像:アーバンライフメトロ編集部) 大分は当時、地元資本の百貨店「トキハ」の天下で有名百貨店が進出することがありませんでしたが、その代わりにダイエーやサンバード長崎屋、西友といったスーパーマーケットが百貨店のように大分駅前の商業地へ軒を並べていました。ところが最後発の西友はまったく集客できず、いつ行ってもガラガラの状態。そこで、西友と同じセゾングループだったパルコが出店したのです。 パルコは当時、渋谷と池袋以外は札幌のみの出店でした。大分よりよっぽど大きい福岡や熊本に先駆けて「東京」を感じさせるお洒落ビルが登場したのですから、都会に憧れる田舎者の中学男子には大事件だったのです。 ファッション感度が鈍い田舎の中学生にとって、パルコに並ぶファッションは縁遠い存在でしたが、毎週日曜日には大分の映画館に行き、その帰りにパルコに寄るのが定番コースに。流れるBGMや貼り出された「グランバザール」などのポスターなど、店内に満ちる空気感に憧れの都会を感じ引きつけられてしまったのです。 各フロアに軒を並べるファッションブランドには目もくれずにパルコブックセンターを覗き、今は亡きサブカルチャー雑誌「ビックリハウス」(パルコ出版。1985年休刊)のバックナンバーを立ち読みして帰るだけでも、都会の文化に触れられた満足感でいっぱいでした。 田舎の中学生にとってのパルコはエッジの効いた文化の象徴でした。上京してからは渋谷パルコにある「パルコ劇場」の芝居やミュージカル、のちにシネクイント(渋谷区宇田川町)と名前を変える「スペース パート3」が上映する個性的な映画に触れることで、その思いは一層強まったのです。 新生渋谷パルコに新宿二丁目のゲイバーが出店新生渋谷パルコに新宿二丁目のゲイバーが出店 しかしバブル崩壊とともに、セゾングループは崩壊。パルコも全国各地に出店を続ける拡大路線で、「よくある複合商業ビルのひとつ」という印象に変わりました。東京では芝居や映画、書店、エッジの効いたものに触れられる場所が激増し、文化面におけるパルコの存在感はどんどん薄くなっていきました。たまに見たい芝居があるときにパルコ劇場へ行く以外は、足を踏み入れることもすっかり無くなりました。 渋谷パルコの外観(画像:ULM編集部) ところが2016年に、渋谷パルコは休業を宣言。3年かけて生まれ変わることを発表しました。大工事となったその現場は、大友克洋の漫画作品『AKIRA』をモチーフにしたアートウォールで囲うなど、往時のパルコ文化を感じさせる仕掛けで期待を煽ってきました。 そしていよいよ、2019年11月22日(金)に新装オープン。土砂降りの雨にも関わらず2500人もの行列ができたことは大きく報じられました。その日の夕方に、僕も渋谷パルコを訪ねてみました。降り止まぬ雨の中、店内に入っていく人の波は途切れることがありません。混雑はわかった上で訪ねた目的のひとつは、新宿二丁目のゲイバー「キャンピーバー」が出店すると知ったからです。 ゲイバー、と一口に言ってもその形態はさまざま。ここで簡単にまとめておきましょう。ゲイバーは大きく分けると、下記の3つのカテゴリーに分類できます。 ・メンオンリー:基本はゲイ男性しか入れない ・ミックスバー:性別やセクシュアリティ関係なく誰でも入れる ・観光バー:お客さんの大半はノンケ(ゲイではない人を指す隠語)男女 渋谷パルコに出店したキャンピーバーは、ミックスバーに分類されます。同店の特徴は、テレビなどで「オネエタレント」と呼ばれているドラァグクイーンに会える店だということです。 渋谷パルコのテナントとして出店した衝撃渋谷パルコのテナントとして出店した衝撃 ドラァグクイーンとは、女装した男性がパフォーマンスを行うことで、本来はサブカルチャーとしてのゲイ文化から生まれたものです。男性の女装というと「ニューハーフ」を思い浮かべる人がいるかもしれません。しかし、ドラァグクイーンとニューハーフには大きな違いがあります。 ニューハーフはトランスジェンダーの人が多く、女性的な美を追求することが主流ですが、ドラァグクイーンはゲイの人が中心で女性的な装いを誇張したケバケバしく派手なメイク、髪型、衣装が主流となっています。ドラァグクイーンは男女の性差を笑うというスタンスから生まれた文化――という説がうなずけるほど、リアルな女性像とはほど遠い独特な「女装」の人が多いです。 渋谷パルコの地下1階にオープンしたゲイバー「キャンピーバー」(画像:アーバンライフメトロ編集部) 新宿二丁目のキャンピーバーは、ドラァグクイーンと男性スタッフが接客してくれる店として人気を集めています。二丁目の中心を通る仲通りに面した店舗は大きな窓がある開放的な造りで、店内の様子が外からわかるので「二丁目ビギナー」の人でも入りやすい雰囲気です。 確かにLGBTの認知が上がり、オネエタレントはテレビで見かけない日がないくらい当たり前な存在となっています。その上、ミックスバーであるキャンピーバーは、ゲイに限らず幅広い客層の店であるのも事実。しかし、新宿二丁目という「ある意味特別な街」を飛び出して、渋谷パルコのテナントとして出店すると知ったときは驚きしかありませんでした。 渋谷パルコにゲイバー、予想もしなかった組み合わせの店がどんな感じになっているのか、どうしても覗いてみたくなり初日に訪ねたというわけです。 とかく難しく考えがちなノンケとかく難しく考えがちなノンケ キャンピーバーが入っているのは「カオスキッチン」と名付けられた地下1階の飲食店街です。「混沌」「混乱」を意味するカオスという言葉を体現するかのように、実に多様な店が立ち並んでいます。 東京初出店となる福岡の人気ハンバーグ店「極味(きわみ)や」、レモンサワーとヴィーガン餃子・唐揚げの居酒屋「真(ま)さか」、アメリカ西海岸でミシェランの星を獲得した人気ラーメン店「Jikasei MENSHO」、ジビエと昆虫料理で話題の「獣肉酒家 米とサーカス」など個性的なレストランが揃っています。 さらにコンドーム専門店の「コンドマニア」、インナーウェア専門店の「ヒップショップ」、ディスクユニオンの前身であるレコード専門店「ユニオンレコード」など、飲食以外の店も同居した空間は、まさにカオスそのもの。そんな混沌としたフロアの一角にキャンピーバーはありました。 店舗スペースは、昼は創業53年を迎える老舗の純喫茶「はまの屋パーラー」が営業し、夜はキャンピーバーが営業するという二部構成になっています。新宿二丁目のキャンピーバーと同じく大きな窓があり通路から店内の様子が覗ける開放的なスペース。カウンターの中には派手な装いのドラァグクイーンと男性スタッフが入り、満卓となったカウンターのお客さんと楽しそうに会話をしていました。 「キャンピーバー」と同じスペースで昼に営業する「はまの屋パーラー」(画像:ULM編集部) その光景を見ながら、事前に予想していたような違和感を覚えることがなかったことに少々驚きました。カオスキッチンという名の通り、個性的な店舗が立ち並ぶ一角にごく自然に溶け込んでいるという印象なのです。 「LGBTにどう接するべきか?」 「LGBT施策に取り組まねばならない」 「LGBTに関する正しい知識を学ばねばならない」 などと考えてしまう人も少なくないでしょうが、性的マイノリティも同じ人間。性的マイノリティを公言している人と接した経験がない人は、とかく難しく考えてしまいがちです。 渋谷にキャンピーバーがある「存在意義」渋谷にキャンピーバーがある「存在意義」 新宿二丁目に遊びに行って、店のスタッフやお客さんであるLGBT当事者と会話をしてみることで、肩に入っていた要らぬ力がスッと抜けることは珍しくありません。とはいえ、新宿二丁目も初めての人にとってはハードルが高い街かもしれません。だからこそ、渋谷パルコの飲食店街の一角にキャンピーバーがある存在意義は大きいのです。 渋谷でのショッピングのついでに、食事の前後に、観劇やコンサートの帰りになど、ふらりと立ち寄って当事者のスタッフと楽しい時間を過ごしてみれば、性的マイノリティが特別な存在ではないということが理解できるに違いありません。 大きな窓があり通路から店内の様子がよく見えること、そしてボックス席ではなくカウンターに座る形式なのも入りやすい理由です。カップルでも、友達同士でも、そしてひとりでも気楽に入れそうなカジュアルなゲイバーだと思います。 店の前の看板を見ると、昼と夜で営業形態が異なることがわかる(画像:ULM編集部) さてカオスキッチンを後に、エスカレーターで上階へと登ってみましょう。まだ流通していないユニークなプロダクトが並ぶ「ブースタースタジオ バイ キャンプファイヤー」や、期間限定でフードカルチャーを提案する「カミングスーン」などがある1階「商店街エディット東京」にも引かれたのですが、どこも混雑していたので後日ゆっくり覗くことにして、さらに上階を目指します。 2階から5階まではファッション関連のテナントが中心ですが、6階に来ると雰囲気が一変します。「サイバースペース シブヤ」と名付けられたこのフロアには、「ニンテンドー トウキョウ」「カプコンストア トウキョウ」「ポケモンセンターシブヤ」「刀剣乱舞万屋本舗(よろずやほんぽ)」といったゲーム関連ショップや、週刊少年ジャンプの公式「ジャンプ ショップ」、モバイルeスポーツを中心としたパブリックビューイングカフェ&バー「ジージー シブヤ モバイル イースポーツ カフェ アンド バー」など、クールジャパンを体現するようなテナントが軒を並べています。今まで抱いていたパルコに対するイメージが皆無なフロアは、他のどのフロアよりも多くの人でごった返しており、客層も明らかに異なっています。 渋谷パルコがまく「文化の種」が咲かす花渋谷パルコがまく「文化の種」が咲かす花 サイバースペース シブヤに充満している「非パルコ的な雰囲気」に最初は戸惑いました、パルコがぶれてしまったのではないかと。しかしさらに上のフロア8階に上がり、1月にオープンするパルコ劇場と「スペース パート3」を彷彿とさせる作品ラインナップの映画館「ホワイト シネクイント」が並んでいる様を見て、戸惑いは消えました。パルコ文化がブレたわけではないと気付いたのです。 渋谷パルコの外の様子(画像:ULM編集部) ファッション感度が壊滅的に低い田舎の中学生だった僕でもパルコに憧れたのは、そこに在る独特の文化に触れられる喜びがあったからでした。 中学生の僕にとって魅力的だったパルコ出版の雑誌「ビックリハウス」は、読者投稿で作られたパロディ雑誌です。インターネットも携帯電話もなく、インベーダーゲームが出始めた昭和の終わり頃ですから、雑誌やラジオへの投稿が娯楽という人はとても多かったのです。 時代は令和になった今、娯楽が投稿からゲームに移り変わったことを思えばサイバースペース シブヤが渋谷パルコに存在することもしっくりするのです。これもまた、「本来のパルコ文化」なのだと。 最先端のファッションブランドに、ゲイバーも出店したカオスキッチンに代表される個性的なテナントの数々、映画や演劇とパルコ本流の文化を発信することに加えて、渋谷パルコとは無縁だと思われていた客層を引きつけるサイバースペース シブヤの存在。それぞれの個性が強烈すぎ、とっ散らかってごった煮になりそうなラインナップを、すっきりクールに並べてパッケージしたのは見事の一言に尽きます。 新装オープンした渋谷パルコからは、文化の発信源として復権を目指す強い意思が感じられました。渋谷にまかれた文化の種が令和の時代にどんな花を咲かせていくのかを見届けていく楽しみが生まれたなあと感じています。
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