本場ドイツのバウムクーヘンを食べて想う、令和のクリスマスと『飛ぶ教室』
もうすぐクリスマスです。クリスマスといえば『飛ぶ教室』。『飛ぶ教室』といえばドイツ、ドイツといえばバウムクーヘンということで、バウムクーヘンの魅力について法政大学大学院教授の増淵敏之さんが解説します。クリスマスとドイツと『飛ぶ教室』 もうすぐクリスマスです。しかし筆者(増淵敏之。法政大学大学院政策創造研究科教授)は、今年も特別な予定はありません。 さてこの時期になるといつも思い出すのは、ドイツ人作家のエーリッヒ・ケストナーによる児童文学小説『飛ぶ教室』(1933年)。クリスマス劇『飛ぶ教室』の稽古に励むギムナジウム(ヨーロッパの教育機関)の少年たちと、そのさなかに起こるさまざまな出来事を描いた作品です。ある日、主人公のマルティンに母親からの手紙が届きます。そこには、彼がクリスマスに帰省するための旅費が工面できなかったと書かれていたのです。 しかしベク先生の配慮で、なんとか帰省できることに。マルティンがクリスマスの夜、両親とともに雪の道を教会に向かうシーンはとても感動的です。ヴァルター・トリヤ-の挿絵も印象的。現在でもクリスマスに贈る良書でしょう。なおドイツ文学者の池内紀さんが訳を手掛けた文庫本の帯には、「たとえ運が悪くても、元気を出せ。打たれ強くあれ―」と記されています。 『飛ぶ教室』は1933(昭和8)年の作品ですが、今もなお瑞々しさに溢れています。だから多くの人が愛読書に上げるのでしょう。筆者もこの作品を小学生の頃に初めて読み、大人になってからも何度となく読み返しています。 日本のバウムクーヘンの歴史はドイツ人から さてドイツというと、バウムクーヘンです。バウムクーヘンは中心にドーナツ状の穴があり、断面が樹木の年輪のような同心円状の模様が浮かび上がったケーキで、ドイツでは単純にツリーケーキとも呼ばれているようです。 バウムクーヘンのイメージ(画像:写真AC) 日本のバウムクーヘンの歴史もドイツ人から始まっています。菓子職人のカール・ユーハイムが当時ドイツの租借地だった中国の青島(チンタオ)に店を開いて独立したのが、1909(明治42)年。彼は1915(大正4)年にドイツが第一次世界大戦で敗北したことによって、日本に捕虜として連行され、5年間の収容所生活を余儀なくされました。 しかし1919(大正8)年に、広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)で日本初となるバウムクーヘンを焼き、その後、1922(大正11)年に横浜でドイツ菓子のお店「E・ユーハイム」を開店。これが現在の「ユーハイム」(神戸市)の原点となりました。 ついには国内で「博覧会」も開かれたついには国内で「博覧会」も開かれた 現在、ユーハイムの本社は神戸ですが、東京には26店舗、関連ブランド店舗19店とまるで東京のバウムクーヘンショップの様相を呈しています。 カステラでも有名な文明堂は日本橋本店、銀座5丁目店の基幹店以外に東京都内に66店舗、工場売店1店、カフェが3店と、全ての店でバウムクーヘンを取り使ってはいないとしても、東京の至る所にある状況です。 千疋屋はもともとフルーツショップですので、フルーツの風味を生かしたフルーツクーヘンが有名です。東京都内では日本橋本店を始め12店舗を展開しています。 「ねんりん屋」はバウムクーヘンの専門店として有名ですが、東京地内には銀座本店を始めとして9店舗、「KIHACHI」は青山のレストランが発祥ですが、パティスリーではバウムクーヘンも扱っています。東京都内にはパティスリーが9店舗あります。 「クラブハリエ」は滋賀県近江八幡市に本店があり、丹波黒豆を使った和菓子屋「たねや」のサブブランドです。東京都内にはバウムクーヘンの専門店「クラブハリエ Bスタジオ」が3店舗あります。 「治一郎」は、最近注目のバウムクーヘン専門店です。本店は静岡県浜松市ですが、東京都内に5店舗を展開しています。 東京は全国各地のバウムクーヘンを楽しめますが、その一方、異業種も多く参入し、百花繚乱となっています。そういった状況を象徴するのが、横浜高島屋で11月20日(水)から11月25日(月)まで開催されていた「バウムクーヘン博覧会」でしょう。 「バウムクーヘン博覧会」のイメージ(画像:ユーハイム) 同イベントは日本で初めてバウムクーヘンが紹介された広島や福岡、名古屋で開催されてきましたが、日本のバウムクーヘンが2019年で100周年を迎えるのを記念し、初めて横浜で開催されました。会場には全国から150ブランド以上、200種類以上のバウムクーヘンが集結しています。 ドレスデンに名店あり さて、1825(文政8)年にケストナーの故郷・ドレスデンで創業したバウムクーヘンの名店「クロイツカム」は、第二次世界大戦で街も店舗も破壊されてしまったため、その後各地を転々とし、1950(昭和25)年にミュンヘンで営業を開始しました。東西ドイツ再統一後、ドレスデンでも店舗を再開し、現在はミュンヘンの2店舗とドレスデン、南ドイツのテーゲルン湖で営業しているようです。 ドレスデンの「クロイツカム」は大型ショッピングモール「アルトマルクト・ギャラリー」に入っており、クラシカルな雰囲気を残しています。ショーケースにはたくさんの種類のケーキやスイーツが並び、奥にあるカフェで紅茶やコーヒーと一緒に楽しむことができます。 クリスマスを迎えるドレスデンの様子(画像:写真AC) 筆者がこの店を訪れたのは2018年のこと、ちょうどエーリッヒ・ケストナー博物館を訪れた帰りでした。厳冬期で熱いコーヒーが嬉しく、ついでにバウムクーヘンも頼みました。「クロイツカム」では砂糖でコーティングされたものと、チョコレートでコーティングされたものの2種類があり、日本ではあまり見ることのない木の葉のようなスライス状で提供され、驚いたのを覚えています。 ドイツでは国立菓子協会によってバウムクーヘンの定義が決められており、ベーキングパウダーは使用しない、油脂はバターのみといった基準をクリアし、伝統的な製法で作られたものが、本物のバウムクーヘンと認められます。もちろんバウムクーヘンを焼くためには高度な熟練技術が求められますし、専用のオーブンも必要です。いわゆる「職人」的な要素が重要視されています。さすが「マイスター」の国なのです。 新宿と銀座で食べられる本場の味新宿と銀座で食べられる本場の味 東京で食べられる本場のドイツのバウムクーヘンといえば、伊勢丹新宿店(新宿区新宿)、銀座三越(中央区銀座)にある「ホレンディッシェ・カカオシュトゥーベ」でしょうか。 「ホレンディッシェ・カカオシュトゥーベ」のバウムクーヘン。2160円(画像:ジェイアール西日本伊勢丹) ここはハノーファーにある名店で伝統的なドイツ基準で作られています。口解けの良い生地に薄めのシュガーが調和しており、クリスマスには最適かもしれません。この季節には菓子パン「シュトーレン」の販売もされています。 今年のクリスマスには本場のバウムクーヘンを食べながら、東京から遠いドイツに想いを馳せ、『飛ぶ教室』を読むのも粋かもしれません。
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