「ビッグエッグ」の愛称、どこへ行った? 平成初期を彩った東京ドームを振り返る
令和を迎えた今、平成もまた懐かしさとともに振り返る時代となりました。平成文化研究科の山下メロさんによる「平成レトロ」研究、今回は1988(昭和63)年に完成した東京ドームが舞台です。東京の名所といえば、東京ドームだった時代 筆者(山下メロ。平成文化研究家)は平成の文化を「平成レトロ」と呼んで研究しています。なかでも、現在と文化が大きく異なる平成の初期を専門的に扱っています。 1989(平成元)年の頃はちょうどバブル絶頂期で、東京に新しい名所がどんどん誕生しました。そんな平成初期に盛り上がっていた東京を見ていきましょう。 1988(昭和63)年に完成した東京ドーム(画像:写真AC) 今回は水道橋の駅からほど近い、プロ野球・読売ジャイアンツの本拠地である東京ドームについて振り返りたいと思います。 後楽園競輪場の跡地に東京ドームが完成したのは1988(昭和63)年。まさに昭和の終わりです。現在の北海道日本ハムファイターズも移転前には東京ドームを本拠地としていて、読売ジャイアンツとダブルフランチャイズだったことを覚えている人も多いのではないでしょうか。 しかし、それだけではありません。忘れてはならないのが東京ドーム開業時につけられた愛称「BIG EGG(ビッグエッグ)」です。むしろ開業当初は「東京ドーム」は使われておらず「ビッグエッグ」のほうが優先して使用されていました。 野球場というより、もはや東京の新名所、観光スポットとなっていた東京ドームの売店では、お土産向けのグッズも数多く売られていました。そのほとんどには、東京ドームではなく「ビッグエッグ」と書かれていました。 1980年代から90年代にかけて、日本全国の観光地で売られていた子ども向けの観光地土産が「ファンシー絵みやげ」です。 そのなかには、東京の名所をたくさん描くことで「これぞ東京」といわんばかりのデザインの商品が数多くありました。それまでは東京タワーや池袋のサンシャイン60が必ず描かれていましたが、ここでも新名所・東京ドームが登場します。 東京のお土産グッズに描かれる常連に東京のお土産グッズに描かれる常連に たとえば「浅草」と書かれたキーホルダーには、浅草寺雷門の右側に控えめながら東京ドームがのぞいています。東京タワーやサンシャイン60も含めて、果たして位置関係は合っているのでしょうか。 浅草寺雷門を描いたキーホルダーにも東京タワーが登場。男女のキャラクターが懐かしいタッチ(画像:山下メロ) 液晶温度計がついた長方形キーホルダーにも、東京タワーや東京駅と一緒に東京ドームが。また三角型のキーホルダーは、東京タワーのチャームをずらすと雷門・サンシャイン6・、東京ドームが現れるデザインです。東京ドームのイラストは丸っこ過ぎて、まるで亀の甲羅のようです。 積み木のような木製ブロックを並べ替えて日付を表示するブロックカレンダーにも東京ドームが描かれていました。上記の三角形キーホルダーと同じように、東京ドームや東京タワー、雷門がデフォルメして描かれています。「東京―原宿」という文字が書かれていることからどうやら原宿のお土産のようですが、原宿のスポットはいっさい描かれていません。 こうしてお土産グッズを眺めてみると、東京ドームがいかに新しい観光スポットとしての役割を担っていたのかが分かります。今では当たり前に存在する東京ドームも、開業時は非常に珍しいものでした。 消えた愛称「ビッグエッグ」 さて、そんな風に開業時から人気だった東京ドームですが、当初の愛称であった「ビッグエッグ」は今ではめっきり聞かなくなりました。 そもそもビッグエッグとは、どういった由来なのでしょうか。これは、当時ビッグエッグで売られていた商品を見ると分かります。 まず、東京ドームの形を立体的に表現した白い陶磁器の灰皿です。ドームの屋根部分がフタになっていて、取り外すことができます。内側には丁寧に球場が描かれています。 東京ドームの姿を立体的に表した白い陶磁器。屋根部分を外して、灰皿として使える(画像:山下メロ) この灰皿が収められている紙製の外箱には、こんな文字が記されていました。 「BIG Entertainment & Golden Games 」 音楽イベントなどの「Entertainment」と、プロ野球などの「Golden Games」。この略称が「BIG EGG」というわけです。 ですが、これはおそらく後付けでしょう。東京ドームの現地行けばビル群の隙間から白いドーム屋根が見えてきます。その様は、さながら「大きなタマゴ」のようなある意味シュールな情景で、それをそのまま「BIG EGG」としたのではないかと考えられます。 同じ頃、エポック社の野球盤ゲームにも「ビッグエッグ」が登場しました。しかし、屋根が付いているままでは試合の様子が見られないので、大胆にも白いドーム屋根を透明にした斬新なデザインでした。 ドーム球場はその後ほかにも誕生しましたが、「空気膜構造方式」で建てられたのは東京ドームだけ。今も昔も東京ドームの圧倒的な存在感は変わらず、野球の試合でなくとも建造物として眺めるだけでも充分に楽しめます。 そのイメージを分かりやすく表した「ビッグエッグ」は非常に良いネーミングといえるのではないでしょうか。そして、実際に皆がそう呼んでいた時代がありました。音楽ライブを記録したビデオ作品にも「LIVE AT BIG EGG」と書かれていたものです。 しかし時がたつと次第に「LIVE AT TOKYO DOME」といった表記が主流になってしまいました。あれだけ使われていた「ビッグエッグ」という愛称は、だんだんと姿を消して行ったのです。 時代の移ろいとともに消えていった呼称時代の移ろいとともに消えていった呼称 何らかの理由で消えていった愛称は、ビッグエッグ以外にも思い浮かびます。たとえば国鉄分割民営化の際に生まれたものの普及しなかった「E電」。江戸線が「東京環状線」という候補名だった頃に決まっていた「ゆめもぐら」など……。しかし、たいていは使用開始前に撤廃されたり、広まらないままにフェードアウトしていったりした例が多いのです。 なぜ、ある程度定着していた「ビッグエッグ」が消えてしまったのか、それは今もなお謎のままです。 BIG EGGと記された、数々のキーホルダー(画像:山下メロ) おそらく、プロ野球の球場「東京ドーム」として呼ぶことが多く、「BIG EGG」といった景観を含む建造物としての目新しさが失われて、実態と「ビッグエッグ」という呼び名が乖離していったのかもしれません。 しかし今もなお外観はかつての「エッグ型」を残しています。東京ドーム近くのJR水道橋駅や、東京メトロ後楽園駅、大江戸線春日駅などから「少しずつ見えてくる東京ドーム」を体験して、あらためて「BIG EGG」という愛称の味わいを感じてみるのもいいかもしれません。
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