ポケベル時代が生んだ名曲――懐かしのCMソング「渋谷で5時」を知っていますか
これまで数々の歌で歌われてきた東京。その中でも1990年代に盛んだったのが、渋谷に関する歌です。音楽ライターの鈴木啓之さんが解説します。90年代にクローズアップされた「渋谷」 昭和40~50年代の歌謡曲黄金時代、街をテーマにした歌がヒットチャートを最もにぎわせました。昭和の終わり頃に訪れたバブルを経て平成に入ると、J-POPの全盛期が訪れ、音楽の傾向も変化していきます。 そんななか、かつて“ご当地ソング”などと呼ばれていた東京の歌も新たに生み出されました。 それまでの東京の歌といえば、国際的な街「銀座」や、夜の社交場「赤坂」が歌われたムーディーな作品に始まり、やがて70年代になると、大衆に寄り添う街「新宿」の歌が、特に演歌の世界で頻繁に登場する様になります。 それらは常に時代の空気が反映されていました。80年代後半のバブル絶頂期に、六本木や青山かいわいを舞台にした曲が多かったのもうなずけるでしょう。 そして90年代にクローズアップされた東京の街といえば、やはり「渋谷」が筆頭に挙げられます。 渋谷ソングの決定版「渋谷で5時」 もちろんそれまでも、道玄坂や公園通りを舞台にした渋谷の歌はありましたが、渋谷が若者の街として一気に華やいだのは、道玄坂の「ファッションコミュニティ109」が現在の「SHIBUYA109」に名称変更された1989年、つまり平成に入ってから。 センター街がギャル文化の中心地となり、渋谷系サウンドがはやりつつあった90年代に、渋谷が歌われたヒットソングの決定版が誕生したのです。それが鈴木雅之と菊池桃子のデュエットによる「渋谷で5時」でした。 鈴木雅之のシングル「違う、そうじゃない」。カップリング曲が「渋谷で5時」(画像:エピックレコードジャパン) アルバム『Perfume』の1曲として、1993(平成5)年に発表された後、翌1994年にシングル「違う、そうじゃない」のカップリング曲としてリリース。流れるような掛け合いで好評を博し、1996年には改めてシングルのメイン曲として、リメーク・バ―ジョンが出されて定着しました。 楽曲に生まれた絶妙なコントラスト楽曲に生まれた絶妙なコントラスト 若者文化の発信地としての渋谷をアピールしたいという思いから曲を作った鈴木雅之は、サビのフレーズを考えながら菊池桃子の特徴的な歌声を想起し、パートナーに指名したといいます。 鈴木雅之のアルバム『Perfume』。「渋谷で5時」を収録(画像:ソニー・ミュージックエンタテインメント) 自らの歌唱力に自信がなかった菊池桃子はいったん辞退しましたが、熱望されて結局は引き受けることに。 ソウルフルな鈴木のボーカルと、癒やし系の菊池のウィスパーボイスは意外にも絶妙なコントラストを醸し出しました。 一見ミスマッチ風でありながら、実はベストマッチだった、デュエット・ナンバーのスタンダードが誕生したのです。 ポケベル普及で得たもの、失ったもの 作詞の朝水彼方は、ソニーのソングライターオーディションに合格し、1990年に作詞家デビュー。沢田研二「そのキスが欲しい」、稲垣潤一「語らない」など、主に男性ボーカリストの作品を手がけていた人物。デリケートな言葉遣いに女性らしさが感じられます 当時、東京テレメッセージのCMソングに起用され、印象的なサビがテレビから頻繁に流れたこともヒットにつながった要因といえます。 いわゆるポケベルのCMならではの、待ち合わせのシチュエーション。この曲が最も時代を象徴しているポイントは、躍動感あふれる詞やメロディーもさることながら、なんといってもタイトルにあるのではないでしょうか。 ポケベル(画像:写真AC) それまでは「5時に渋谷のハチ公前で」などと、時間と詳しい場所を指定するのが待ち合わせの常識でした。それが、ポケベルや携帯電話の登場により、「渋谷で5時」などというアバウトな約束ができるようになったのです。 ただしそれによって、恋愛小説やドラマの定番だったすれ違いの場面が成立しなくなってしまったことは否めません。そんな通信産業における大革命が、曲が生まれる背景にあったのでした。 12年ぶりに発表されたデュエット作品12年ぶりに発表されたデュエット作品 鈴木雅之がこの曲をテレビの音楽番組で披露する際、松田聖子や中山美穂、工藤静香らと歌うシーンが見られましたが、オリジナルの菊池とのデュエットが番組でようやく実現したのは、曲の発売から実に13年を経た2006(平成18)年になってからのこと。 既にカラオケでもおなじみのナンバーになっていました。その間に携帯電話の普及はめざましく、2007年にはNTTドコモがポケベルのサービスを終了しています。 その翌年、2008年には、1996年のシングルから12年ぶりとなるふたりのデュエット作品「恋のフライトタイム~12pm~」がリリースされました。 鈴木のデュエット・ベスト『Martini Duet』からの先行シングル。1994年のアルバム『She・See・Sea』に収録されていた「第2ターミナル」のリメーク版でしたが、「渋谷で5時」と同じ、朝水彼方の作詞、鈴木雅之の作曲による、続編ともいうべき作品です。 羽田空港(画像:写真AC) 舞台は羽田空港とおぼしく、これもまた東京の歌のひとつに挙げられます。TBS系で放映されたホーム・コメディー『再婚一直線!』の主題歌に使用され、ドラマには鈴木の盟友・桑野信義が出演していました。 現在、何十年ぶりの大規模な再開発で目まぐるしい変化を見せている街・渋谷では、今日もまた5時に待ち合わせて街角へ繰り出してゆく男女が必ずいることでしょう。そのなかの何組かは、無意識に「渋谷で5時」を口ずさみながら街を闊歩(かっぽ)しているかもしれません。
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