なぜにぎり寿司は二個セットで注文するのか?寿司職人が告白した意外な理由とは
2022年5月12日
知る!TOKYO東京の寿司店の中には、二個セットでのみ注文をうける店があります。なぜ二個セットなのでしょうか?著書『牛丼の戦前史』https://www.amazon.co.jp/dp/B07XD81W7Qで寿司屋台とトロの近代史、寿司が重要な役割を果たす志賀直哉の小説『小僧の神様』の食文化史的背景を描いた食文化史研究家の近代食文化研究会さんが解説します。
なぜ「回らない寿司店」でも二個セットの注文なのか?
東京の寿司店の中には、ニ個セットでの注文を必須とする店があります。

回転寿司ならば、二個セットの理由は分からないでもありません。あの皿に一個だけでは寂しいですし、値ごろ感からいっても、一個だけだとお高く感じます。
しかし、カウンター方式の回らない寿司のお店、それなりの値段がする店でも、基本的に二個セットで注文を受ける店があります。それはなぜなのでしょうか?
華屋与兵衛が二個セットをはじめた説は誤り
江戸時代の有名な寿司職人、華屋与兵衛が二個セット方式をはじめたという俗説がありますが、これは事実ではありません。
華屋与兵衛の店与兵衛鮨は、昭和時代の初めまで存在しましたが、注文単位は「一人前」。二個セットどころか一個単位でも握りませんでした。
1930(昭和5)年の時事新報家庭部編『東京名物食べある記』に与兵衛鮨の食レポが載っていますが、お品書きは「すし並五十銭、中七十銭、上一円」。目の前で握るのではなく、一人前を皿に盛ってテーブル席あるいはお座敷のお客に運びます。

志賀直哉の小説『小僧の神様』において、小僧が腹いっぱい食べた寿司店のモデルとなったのは、華屋与兵衛の子孫が経営する「花屋」。ここでも小僧は一個ずつではなく「三人前」を食べています。
『小僧の神様』の別の寿司店のモデルとなった店が「幸ずし」。小説の頃の 幸ずしの主人、1894(明治27)年生まれの杉山宗吉によると、明治時代の寿司店はどこも、一個ずつではなく一人前単位で出していました。
”当時どこの鮓屋でも、お好みの鮓にかかわらず、一人前ずつ(おもに七個、海苔巻きだけの場合は別皿)に盛ってお出ししたのです。”(『すしの思い出』)
大きな寿司を小さい二個の寿司にした説も誤り
昔は大きかった寿司が現在では小さくなり、一個では物足りないので二個セットにしたという説があります。似た説に大きかった寿司を二つに切って食べやすくする代わりに、二個セットになったという説もありますが、いずれも間違いです。
二個セットで寿司の注文を受ける店が現れたのは大正時代。その頃の寿司は、大人の男性でも一口では食べきれないほど大きい寿司が標準でした。つまり、寿司が大きい時代から既に二個セットだったのです。

これは最初に二個セットをはじめた店とも言われる(宮尾しげを『すし物語』)宇の丸鮨の写真。ご覧の通り、一口では収まらないほど大きいので、包丁で二つに切って提供しています。

これも二個セットで出していた新富鮨の写真。当時としては標準的な、一口半の大きな寿司です。
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