首都高で見かける標識「AH1」って何? 3文字に込められた「平和への願い」をもう一度

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首都高で見かける標識「AH1」って何? 3文字に込められた「平和への願い」をもう一度

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猫柳蓮

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日本の道路の起点として知られる日本橋ですが、実はヨーロッパまで続く道路の起点でもありました。フリーライターの猫柳蓮さんが解説します。

日本橋の道路元標をご存じですか

 かつて、江戸幕府が開かれた際に整備された五街道。その中心は江戸の日本橋で、旅の出発点かつ終着点となりました。

アジアハイウェイの標識(画像:国土交通省)



 なお日本橋は、今でも日本の道路の出発点です。それを示すのが首都高速都心環状線の下、橋の中央に設置されている「日本国道路元標」です。道路元標とは道路の起点、終点、経過地を標示するための標示物のこと。

 橋のたもとにはモニュメントがあるため、こちらを道路元標と間違える人もいますが、本物は橋の中央に埋め込まれています。車の交通量が多くて見られないので、たもとにレプリカを設置しているというわけです。

 ただ現在では、本物の道路元標もあくまでレプリカに過ぎません。その理由は、道路元標に関する現在の法的根拠がないためです。

日本橋近くに立つ「東京市道路元標」

 1919(大正8)年に制定された旧道路法の関係法令・道路施行令では各市町村に必ず道路元標を設置することが規定されていました。この道路元標を基に、道路の起点と終点は明確に決められていたわけです。

 ところが、戦後の1952(昭和27)年に施行された新たな道路法では、その規定がなくなりました。現在も道路元標は全国各地に残っていますが、法律上の役割は既に終えています。

 日本橋の中央に埋め込まれている現在の道路元標は、1972年の道路改修の際、新たに設置されたものです。

日本橋近くの「東京市道路元標」(画像:(C)Google)

 それまでの道路元標は、現在のレプリカの横に立っている十字の柱です。一見モニュメントのように見えますが、これが東京市(当時)の設置した「東京市道路元標」です。元は都電の架線柱としても利用されていたことからに、このような形をしています。

日本橋とトルコを結ぶハイウェイ

 さてそんな日本国道路元標ですが、実は重要な役割があります。それは、はるかヨーロッパまでつながる「アジアハイウェイ」の起点としての役割です。

 日本橋直上の首都高速都心環状線を車で走ると、日本橋付近に東京市道路元標を示す架線柱が書かれた標識と「AH1」と書かれた標識を目にします。ここを起点に始まるのが、アジアハイウェイ1号線。終点はトルコ・エディルネ県のブルガリアとの国境の町・カプクレです。

カプクレの所在地(画像:(C)Google)



 アジアハイウェイとは、1959年に国連極東経済委員会で提唱された道路網。既存の道路網を使ってアジア諸国を有機的に結び、経済・文化の交流や友好親善を図ることで、アジア諸国全体の平和的発展の促進することが目的です。

 古くから存在した構想ですが、実際の動きが始まったのは21世紀に入ってから。2003(平成15)年に日本も参加を表明し、同年タイのバンコクで「アジアハイウェイ道路網に関する政府間協定」が取り決められました。これに基づき、日本でも協定に沿った標識を設けることになったのです。

 トルコまでのアジアハイウェイ1号線の距離は約2万1000km。日本橋を出発して、東名高速・名神高速・中国自動車道、福岡高速などを経由、博多港国際ターミナルに至ります。

 日本の終点が博多港国際ターミナルとなっているのは、ここから船で移動することになるからです。現在はコロナ禍で中止されていますが、博多から釜山を結ぶフェリー航路は車も運ぶため、韓国まで渡ることができます。

全線走破者はいまだゼロ

 韓国からはアジアを西へ走っていくわけですが、残念ながら韓国と北朝鮮の道路が接続する板門店は越えられないため、迂回(うかい)する必要があります。

 この先のルートは中国からベトナム、タイ、ミャンマー、インド、バングラデシュ、パキスタン、アフガニスタン、イランを経て、トルコへと到達できます。アジアとヨーロッパの境界であるボスポラス海峡は橋があるので、車で越えられます。

 ちなみに高速道路は終点のカプクレから先も整備されており、ヨーロッパ最西端のポルトガルまで到達することもできます。

 この壮大な道路網ですが、いまだに全線を走破した人はいません。

 板門店を迂回するとしても(韓国~中国間には航路があります)、その先はどうでしょう。インドから先はパキスタンを経て、カイバル峠からアフガニスタンを横断するルートが設定されているものの、アフガニスタン全土とパキスタンの国境地帯は長らく退避勧告が出ている地域。ここまで到達するのもかなりの冒険ですが、さらに越えていくのは冒険を通り越して、もはや無謀です。このように壮大なアジアハイウェイですが、現状では「夢の計画」といえます。

他国のアジアハイウェイの様子(画像:国土交通省)



 ただ、いつの日かはこのルートを難なく行ける日が来るかも知れません。日本橋に掲げられた標識には、壮大なルートの走破を夢見る人たちの「平和への願い」も込められているのです。

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