キムタクほど「現代の東京」を体現する俳優はいない――「グランメゾン東京」から考える、ドラマ・ロケ地の変遷
ドラマは世につれ、世はドラマにつれ……。その時代の世相を反映するテレビのトレンディードラマ。その華やかな世界にあって、木村拓哉ほど「現代の東京」を象徴する俳優はいないのではと、法政大学大学院教授の増淵敏之さんは語ります。テレビドラマ界のスーパーヒーロー 2019年秋のドラマといえば、TBSテレビ系『グランメゾン東京』(日曜21時)は話題作のひとつ。木村拓哉・主演ということでも注目を集めました。 ドラマ「グランメゾン東京」のメインビジュアル(画像:TBSテレビ) 彼は1990年代に主演した『ロングバケーション』『ラブジェネレーション』でその地位を確立しました。平均視聴率は前者が29.6%、後者は30.8%という、現在からすれば驚異の数字です。ましてその後の主演作『HERO』では、さらに34.3%という数字を叩き出します。まさにテレビドラマの世界のヒーローでした。 『グランメゾン東京』は、かつてパリの三ツ星レストランで修業を積んだ木村拓哉演じる尾花夏樹が同じレストランで修業を積んだ京野陸太郎(沢村一樹)とともに独立し、パリに自分のレストランを開店します。そして二ツ星を獲得するまで順風満帆ですが、日仏首脳会議で提供した料理にアレルギー食材が混入したことで、転落の道を辿ります。 このドラマは主人公・尾花の復活劇ともいえるでしょう。舞台は東京、彼はそこでパリで出会った早見倫子(鈴木京香)とともに「グランメゾン東京」を開店するのです。物語の展開はミステリー的な要素にも溢れていて、フランス料理の蘊蓄(うんちく)も含めて筆者が関心を寄せる理由のひとつになっています。 ロケはパリでも行われていますが、「グランメゾン東京」のあるビルは東京・日本橋ですし、ライバル店の「gaku」は渋谷区猿楽町(さるがくちょう)にあるフレンチ料理店を使っているそうです。 ロケ地は豊洲、住吉、浦安などの湾岸エリアのほか、浅草、銀座、八重洲、池袋、練馬などで行われているようで、とくに湾岸エリアに集中しているわけではなく東京都内に分散しているようです。 湾岸エリア、渋谷、六本木……変わりゆくロケ地湾岸エリア、渋谷、六本木……変わりゆくロケ地 ちなみに『ロングバケーション』は1996(平成8)年、若いピアニストと売れないモデルとの偶然の同居によって始まる恋愛物語でした。当時は、OLは月曜夜には(自宅でロンバケを視聴するために)街から姿を消すとか、男性がピアノを習い始めるとか、「ロンバケ現象」ともいわれる社会現象が巻き起こったと言われています。 同作は湾岸エリアを中心に渋谷、六本木、広尾、中野などの東京各所を効果的に交えていました。主人公は江東区の新大橋に居住しているという設定。ほかに印象的だったのは、主人公の通う芸術大学が立教大学を使っていたこと。 『ロングバケーション』のロケにも使われた立教大学(画像:(C)Google)『ラブジェネレーション』(1997年)では、やはり湾岸エリアを中心に渋谷、広尾、恵比寿、新宿などを交えてという形でした。こちらの主人公は港区芝浦に住んでいます。個人的にはファーストシーンの渋谷駅東口での主人公の男女ふたりの出会いが記憶に残っています。 『HERO』(2001年)はどうでしょうか。もちろん湾岸エリアはでてきますが、2001(平成13年)ですからバブルの名残も消えかけた頃です。この作品では『ロングバケーション』『ラブジェネレーション』に比べると、さらにロケ地は都内各所に分散していきました。 バブルの余韻と、フジ社屋のお台場移転バブルの余韻と、フジ社屋のお台場移転 このロケ地の変遷はとても興味深いところがあります。振り返ると1990年代を謳歌した「トレンディドラマ」は当時の世相を反映した形で、都会に生きる男女の恋愛やトレンドを描いた現代ドラマであり、配役も旬の役者が起用されることが多かったと思います。 背景にはもちろんバブル景気があり、その崩壊後も残り香の漂う東京を感じさせる作品がいくつもありました。バブル期の代表的な作品といえば1991(平成3)年の『東京ラブストーリー』や同年の『101回目のプロポーズ』ですが、この流れの発端には1986(昭和61)年の『男女7人夏物語』が嚆矢(こうし。物事の始まり)とされています。 明石家さんま演じるツアーコンダクターの主人公の部屋のベッドに見知らぬ女性が寝ているというシーンから始まりますが、この部屋のあるマンションが隅田川にかかる清洲橋の近くにあり、大竹しのぶ演じるこの女性のマンションも近隣にありました。 この作品が湾岸エリアをロケ地のメインで使ったことは当時、新鮮な印象を残したように記憶しています。 フジテレビ近くのお台場海浜公園(画像:(C)Google)「トレンディドラマ」という一大ジャンルと併せて、フジテレビのドラマ「月9」は先述した『東京ラブストーリー』から始まると言われています。『ロングバケーション』『ラブジェネレーション』もこの延長線上にあります。両作品に湾岸エリアが多いのは当時のトレンドだったのか、はたまた1997(平成9年)のフジテレビ社屋のお台場移転と関係があったのでしょうか。 キムタク主演作のロケ地に見る、東京という街の移ろいキムタク主演作のロケ地に見る、東京という街の移ろい ともあれ湾岸エリアは、一時期はお台場をはじめ佃島や豊洲などのタワーマンションの建設ラッシュもあって人気のスポットになっていたのは事実です。一方で、東京の魅力とは、それぞれの地域の魅力の集積なのかもしれません。 東京はさまざまなトレンドが移転する都市ですが、まるで万華鏡を見るような面白さに満ち溢れているように思えるのです。言い換えればいつまでも飽きない街とでもいうのでしょうか。 湾岸もすでに、2020年の東京オリンピック・パラリンピック会場やその周辺の再開発が始まっています。このエリアもまた新たな魅力を得るのでしょうか。また同時に渋谷、池袋をはじめとした地域でも進む新たな開発の行方も楽しみです。 『グランメゾン東京』はそうした多様化する東京を、ロケ地の分散で表現しているのかもしれません。そして木村拓哉も47歳。役者としての円熟期に入る年齢です。 ドラマの舞台となる「グランメゾン東京」の店内(画像:朝日ウッドテック) 長きにわたりテレビドラマに欠かせない役者であり続けていることにはリスペクトを禁じ得ませんし、彼の主演したロケ地の変遷を見て行くと、木村拓哉はもっとも「現代の東京」を象徴する役者ともいえるのかもしれません。
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