ゴジラのいる街・世田谷区「成城」が都内屈指の高級住宅地になったワケ
東京都内で「高級住宅地」と呼ばれるエリアはいくつかありますが、世田谷区成城のそのひとつ。TOHOスタジオなどを擁するこの街の歴史を、フリーライターの夏野久万さんが歩いてたどりました。ゴジラとゆかりの高級住宅地 2021年は“ゴジライヤー”。4月1日から6月にはTVアニメ『ゴジラ S.P(シンギュラポイント)』が放送され(TOKYO MX、KBS京都、BS11、サンテレビ)、5月にはハリウッド超大作『ゴジラvsコング』が上映。 11月3日(水・祝)にはオンラインで楽しめる『ゴジラ・フェス2021』も開催されるなど、今年はゴジラが激アツです。ゴジラファンにはたまらない1年となったのではないでしょうか。 そんな日本を代表する映画『ゴジラ』シリーズが数多く撮影されたTOHOスタジオ(世田谷区成城)は、小田急線の成城学園前駅から歩いて、緩やかな坂をくだった場所にあります。 成城学園前駅から徒歩10分ほどのところにあるTOHOスタジオ。壁面にはゴジラの絵が(画像:夏野久万) 建物の壁面には大きなゴジラが描かれていて、来訪者を出迎えてくれます。メインゲートでもゴジラがお出迎え。左側の壁には、映画『七人の侍』の壁画があります。格好いいですね。 このような撮影スタジオがある成城は、戦前から続く閑静な住宅街のあるエリア。同スタジオがあったこともあり、有名俳優や映画監督が住居をかまえていたことでも知られる、由緒ある高級住宅地です。 そんな成城が、なぜ高級住宅地として人々に愛されたのか、凸凹地図を手がかりに探ってみましょう。 成城エリアの凸凹地図成城エリアの凸凹地図 凸凹地図で見ると分かるように、成城エリアはぽっかりと浮かんだような高台になっています。その先端右側の窪み辺りに、ゴジラがたたずむTOHOスタジオがあります。スタジオの裏手には仙川が流れています。 そして高台の左側には「国分寺崖線」と呼ばれる崖の連なりがあり、その左手は世田谷区喜多見や、狛江市などがあります。 凸凹地図で見ると、ぽっかりと島のように見える成城エリアは、住宅街やショッピング施設だけではなくゴジラや国分寺崖線などの自然が身近な場所にあるのです。 島のように高台にある成城エリア(画像:夏野久万) ちなみに成城学園前駅の北口側(世田谷区成城6)の地価公示は、86万7000円/平方メートル。南口側(同区成城2)は、67万6000円/平方メートル。平均公示価格は63万2250円/平方メートルです。 筆者の住んでいる、世田谷区のお隣り狛江市の平均公示地価は36万4000円/平方メートルであることを思うと、筆者のような一般庶民は容易に暮らせないセレブな住宅街です。 世田谷区にはさらに地価の高い高級住宅地もありますが、成城もステータスのある人ではないと住み続けるのは難しい街といえます。 成城エリアの昔成城エリアの昔 成城の街の魅力は、都心部へのアクセスの良さはもちろんですが、緑が多い街並みが特徴的。このような美しい街並みができた歴史には、成城学園と小田急線の存在が深く関わっています。 関東大震災の1年後である1924(大正13)年。成城学校(成城学園の前身)は、現在の世田谷区成城に、成城第二中学校の移転を計画しました。10万坪の敷地を買収し、学校建設や区画整理をスタート。同時に、分譲住宅地の造成もこの頃から着手しています。 造成前のこの周辺は、雑木林や草原があるようなへんぴな地域。成城学校がこの地を移転先に選んだ理由は、小田急線の開通が予定されていた点と、緑豊かな地であったことが大きいようです。 翌年の1925年には成城第二中学校が移転し、成城玉川小学校併設、成城幼稚園も開園しました。この年には、分譲住宅の最初の4戸が建設され、成城学園の父兄に分譲されたそうです。 開発はデベロッパー主導ではなく、成城学園小学校主事が行ったという力の入れようでした。そのため当時の分譲価格は他の分譲住宅と比べても安かったそうです。 この頃の成城エリアは、遮るものがない緑の多い町。住宅などはほとんどなく、のどかな風景が広がっていました。 学校ができた当初、予定されていた小田急線の開通が遅れていたため、周辺に駅はない状態だったそうです。そのため通学が大変でした。しかし翌1926年には、小田急線の工事がスタート。それに伴い住宅地が造成され、現在のような閑静な街並みの基礎ができていったのです。 といっても当時は現在のように多くの人は住んでおらず、住戸はわずか30戸程度。多くは成城学園の関係者でした。 そんな成城エリアを有名にしたのが、1929(昭和4)年10月25日から1か月間行われた朝日新聞主催のイベント「朝日住宅展覧会」です。一般より募集した図案にもとづき、竹中工務店が施工した質の高い住宅が話題となりました。 その後、1933年に東宝の前身であるP.C.L映画製作所が、世田谷区成城で映画の制作をスタートさせます。『ゴジラ』シリーズを筆頭に、数々のヒット映画がこの地から生まれました。 映画スタジオができたことで成城は著名人にも注目され、さらに街の人気が高まっていったようです。 街の美しさを守る「成城憲章」街の美しさを守る「成城憲章」 成城の落ち着いた街並みや景観を守るためには、決まりごとも必要です。高級住宅地は、独自のルールを制定していることが多くみられ、成城も同様に「成城憲章」なるものがあります。 2002(平成14)年に制定された成城憲章には、「低層住宅地の保全」「緑のある住まいづくり」「敷地の細分化の制限」などさまざまなルールが決められています。とくに成城の街並みや景観を維持するため、道路に面した部分には、生け垣を推奨し、緑化(屋上や壁面の緑化は含まない)も大切に考えられています。 その中でも目を引くのが目標として掲げられている「国分寺崖線を守り、まちなかのみどりを復興し更に育てていきます」という文言です。 国分寺崖線 成城エリアが大切にしているスポットのひとつである国分寺崖線は、立川市から国分寺市などを経由し、世田谷区や大田区へと続く、崖の連なりです。 10~20mの斜面からなり、周辺には湧水スポットがたくさんあります。それらの湧水スポットや緑地は保全のため、柵で覆われ、一般の人は入れなくなっている箇所もありますが、散策できるようになっている場所もあります。 成城は国分寺崖線があり、周辺地域よりも高台にあるため、景色の良さも魅力のひとつです。 そこで湧水スポットや坂道の名称、暗渠(あんきょ)などの情報が凸凹地図に記されている『東京23区凸凹地図』(昭文社)を片手に、成城エリアを散策してみました。 富士山を望める富士見橋(画像:夏野久万) 例えば『東京23区凸凹地図』の地図上に載っていた、富士山が見えるという富士見橋。橋の上にある枠からのぞくと、天気の良い日には富士山をはじめとする、美しい山々が望めるそうです。 随所に残された緑の魅力随所に残された緑の魅力 富士見橋の下には、菜園があります。菜園の下には小田急線が通っています。小田急線に乗っていると、成城学園前駅から喜多見駅にかけて少しの間、地下を走るのですが、それがこの辺りかもしれません。 橋の反対側に目を移すと、菜園の緑の奥に駅のある建物が見えます。 東の方向に成城学園前駅が見える富士見橋(画像:夏野久万) 国分寺崖線周辺には緑が多くあるので、筆者もよく子どもを連れて遊びに行くことがあります。また成城にランチへ行くときは、必ず国分寺崖線の坂を登ります。 自転車で登るにはしんどい坂なのですが、登った先には成城の美しい街並みが広がるため、筆者はその坂が好きでした。同書によると、その坂は「ビール坂」というそうです。 坂を登ると、細い通りの右手に柵で覆われた、緑の多い緑地があります。以前から、この場所は謎スポットだったのですが、それも同書が解決してくれました。 「成城みつ池緑地」といって、スリバチ状の窪地から湧水が流れている自然保護エリアでした。 最近の成城エリアは、マンションや区画の狭い住宅が建ち並び、従来の「お屋敷のような邸宅」は以前よりも少なくなってきました。しかし、まだ大きな邸宅が存在する区画もあるため、建物を見ることが好きな筆者にとっては通るだけで心が踊るスポットのひとつでもあります。 またこのエリアは高台のため、水害を受けにくい点も、多くの人に愛される住宅地として大切なポイントでしょう。このように成城エリアが大事にしているこの国分寺崖線は、美しい街並みと同様に成城の魅力に欠かせない要素となっています。 地図を片手に、凸凹散歩とゴジラ撮影地図を片手に、凸凹散歩とゴジラ撮影 成城が高級住宅地となり得るわけは、 ・(新宿まで約20分という)都心へ近い立地 ・景観に配慮された街並み ・国分寺崖線の存在(高台にある) さらに成城学園やTOHOスタジオができたことで、教育熱心な世帯や著名人に注目されたことも重なり、多くの人に愛され続けているのでしょう。 とくに成城憲章のように、地域の景観や緑を守るための仕組みがしっかりとしている点も、街の質を守る重要な要素といえます。 成城エリアには世界中で人気のゴジラもいるので、『東京23区凸凹地図』片手に、成城の美しい住宅街を眺めつつ、凸凹散歩&ゴジラ撮影をしてみると、また違う成城の姿に気づけるかもしれません。
- 成城学園前駅