「胸大きいねぇ」とか言わないで――たったひと言に傷つく、女性たちの終わらぬ日常

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「胸大きいねぇ」とか言わないで――たったひと言に傷つく、女性たちの終わらぬ日常

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鳴海汐

ライター

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自分の身体的な特徴を人から言及されたとき、あなたはどのような感情を抱きますか? たとえ褒め言葉のつもりで言った場合でも、当人にとっては不快なケースがあります。胸の大きい女性たちも、それを言われることに傷いているとライターの鳴海汐さんは指摘します。

東京には胸の大きい人向けブランドも

 近頃、外見いじりにまつわる議論がメディアでよく採り上げられています。女性の芸人に対するいわゆる“ブスいじり”など、外見をネタに笑いを取ることがタブーとされつつあります。

 そんな中、タレント渡辺直美さんの体型を侮辱するような発言をした東京五輪・開閉会式の演出責任者が辞任という流れになったのも、世論の力でしょう。

 日常生活においても、外見いじりはまだ珍しくなく、太っている、すごく痩せている、すごく背が高い、すごく背が低い、顔立ちが特徴的である、髪の毛が少ない、など取り沙汰されます。

 そして、からかわれる側の悩みを解消するような「コンプレックス商材」と呼ばれるビジネスが広く展開されているわけです。

外見いじりはタブーになりつつある

 女性の胸もそのひとつで、胸が大きいことをコンプレックスと考える女性は少なくありません。

 胸を小さく見せるブラジャーがあるのはご存知でしょう。ファッションを楽しむ上でも、「胸に持ち上げられた服でウエストまで出ているように見える=太って見える」、「シャツを着るとすき間が見えてしまう」といった悩みがよく聞かれます。

 東京では、そういったトラブルを解消する、良さを生かして美しく見せるといったコンセプトのファッションが充実し始めています。

 たとえば、オンラインでの販売を中心に、銀座に試着専用サロンを持つ「overE(オーバーイー)」や、西武池袋の一角に出品している「HEART CLOSET(ハートクローゼット)」があります。

ある女性から、「皆様にお願い」

 そんななか2021年3月下旬、胸の大きな女性たちの思いを代弁するようなツイッターの投稿が注目と共感を集め、約8000件のリツイートと2万以上の「いいね」が付きました。

「胸大きいね」。褒め言葉のつもりで口にする人もいるが、当の女性たちは傷ついていることもある(画像:写真AC)



 その投稿や、投稿に対するリプライ(返信)では、他人から「胸が大きいね」「セクシーだね」などと言われて傷ついた経験や、自ら進んでアピールしているわけではないプライベートな身体パーツに言及されることへの嫌悪感、また「胸のことを言わないでほしい」といった訴えが次々とつづられました。

「胸が大きい」は褒め言葉ではない

 女性の胸は、非常に「プライベートなパーツ」にも関わらず、服の上からその大きさが容易に見て取れる点で、大小問わず女性を悩ませてきました。

 意外に感じる人もいるかもしれませんが、先述のツイートで見られた通り、「胸が大きい」を褒め言葉だとは感じない女性は多くいます。

 胸が大きい女性は、思春期の頃から、胸が注目されています。胸が大きいのを少しでも隠したくて、猫背で思春期を過ごす女性は数知れず。

 単なる通りすがりの男性から「胸が大きい」と言われることさえあります。恋人でもない、見ず知らずの男性のぶしつけな視線を浴びます。不快感や恥ずかしさだけでなく、男性が寄ってくるのはもしかして胸だけなのかと自分に対する無価値観や絶望感を味わう女性もいます。

言われても、手放しに喜べない

 悪気なく、もしくは褒め言葉として女性の友人から「胸が大きい」と言われるとします。しかし、誰に言われるかにかかわらず、すでに本人にとっては“NGワード”となっている可能性があります。

 もちろん胸を褒められ、それを好意的に受け止める人はいますが、多かれ少なかれ嫌な経験もしてきているはずで、手放しに喜べない居心地の悪さがあるものと認識しておくとよいでしょう。

「巨乳」という言葉が生んだ悪しき風潮

 さて、今も使われる「巨乳」と言う言葉。いったいどんな風にして誕生したのでしょうか。

「おたくま経済新聞」によれば、当時セクシー女優として人気を博した松坂季実子さんに対して使われたのが初めてだそうです。現在は芸能評論家である肥留間正明さんが、写真週刊誌『FLASH』(光文社)の記者だった頃に生み出したのだそうです(2016年5月21日付)。

「巨乳」や「ボイン」といった言葉は、他人の身体的特徴に気安く言及できる悪しき風潮を招いた側面も(画像:写真AC)



 胸が大きいという概念をカジュアルにしたのは、この、平成の時代の「巨乳」と、昭和の時代の「ボイン」によるものでしょう。

 短く発音しやすいコミカルな名前により、パーソナルなのに他人に直接言ってしまえるような気安いものと勘違いさせる効果があったのではないかと筆者は考えます。

世界的にも特異な日本の現状

 さて、海外ではこのような風潮があるのでしょうか。

 数か月前の話ですが、胸が大きい30代の台湾人と20代のチリ人の女性とそれぞれ1対1で話しているとき、「日本では胸が大きい女性に対し、面と向かって『胸が大きいね』と言うことがある。しかも男性が言ったりする」と話しました。このふたりにも似たような経験があったか尋ねたかったからです。

 すると、どちらの女性もものすごく驚いていたのでした。

 チリ人は「本当に!? 信じられない!」と言い、台湾人は「ウソでしょ!? 日本人、真面目に見えて、そんなこと言うなんて……」といった反応でした。もちろん、自国で胸が大きいと直接言われた経験が無いのでしょう。

 たまたま話をした2国の女性が驚く様子を見て、やはり日本人の感覚は特異であり、セクシュアリティー後進国なのだと、とても恥ずかしくなったのでした。

人の身体的特徴を指摘しない

 実際、背が高い女性を見て「高い!」と感じたり、背が低い男性を見て「低い!」と感じたりすること自体は自然な反応です。しかし、それを頭の中で思うのと口に出して言うのとでは、全く意味合いが異なります。

 筆者の知る限り、南米の中でもチリ人はとてもポジティブで自己肯定感が高いです。

 たとえば先ほど紹介した胸が大きいチリ人は、日本人の感覚からすると、かなりがっちりしていて太っていると感じられる体型で、それを本人も自覚しています。しかしこの20代の女性は自分のことが大好きといい、自分を表す形容詞に「Confident(自信がある)」を挙げていました。

 また、背がとても低くて細くて子どものような体型の30代女性が、「以前は気になるところもあったけれど、今は自分の体をとても美しいと思っている」と言っていました。

身体的特徴を気にせず暮らせる社会

 長年、日本で暮らしてきた筆者がもし彼女たちの体型であったとしたら、そんな風に自信を持てないかもしれません。

誰もが自分の身体を肯定し、ポジティブに生きられる社会を目指して(画像:写真AC)



 身体的特徴を笑いにする国にいると、自身の見た目をそのまま受け入れることはなかなか難しいです。

 しかし、人が指摘したり、誰かが指摘したりしているのを耳にしないようになれば、チリ人のようにポジティブになり、「誰もが身体的特徴を気に病むことなく暮らせる価値観の社会」が誕生するのではないでしょうか。

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