家族感染を防ぐ「家庭内別居」実践ルポ 待ち受けるのは自由気ままか、ギクシャクか

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家族感染を防ぐ「家庭内別居」実践ルポ 待ち受けるのは自由気ままか、ギクシャクか

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鳴海汐

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外出自粛の要請が続くなか、「家庭内感染」の問題が取り上げられるようになりました。家族同士の感染を防ぐために家族がバラバラに生活する「家庭内別居」をすると、どのようなメリット・デメリットがあるのか? ライターの鳴海汐さんが実践した体験を報告します。

家族関係と感染予防、どちらも大事だけど

 外出自粛により、突然家族の時間が増えました。学校が休みの子どもと、在宅勤務の親が1日3回食卓を囲む日々。家族関係が急に「密」になったことで感じる、ちょっとした気疲れや夫婦・親子間のギクシャクがメディアやSNSでも聞かれるようになっています。

 東京では、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための「緊急事態宣言」が継続されると知り、納得しつつも「先が見えない」気分になっている人は少なくないかもしれません。

家庭内での新型コロナウイルス感染拡大を防ぐにはどうすればいいのか?(画像:写真AC)



 また近頃、新型コロナウイルスの「家庭内感染」の問題がニュースで報じられる機会が増えてきています。

 外出自粛をきちんと実践しているのですが、安全なはずの「家」は、ひとりが感染すれば次々と家族に感染してしまうリスクも孕(はら)んでいます。

家庭感染で最も気を付けるべきは「食卓」

 中国国内の調査では、広東省と四川省で発生したクラスターの8割が家庭内でした。中でも「食事の場」のリスクが高いと言われています。

 国際医療福祉大学病院内科学予防医学センターの一石英一郎(いちいし えいいちろう)教授は、「食事中は唾液(だえき)の分泌が多い状態であるうえ、咀嚼(そしゃく)しながら話すので細かい唾液が飛び散ってしまう。通常の会話よりも、食事中の方が飛沫(ひまつ)感染するリスクが高いといえます」と警鐘を鳴らします(NEWSポストセブン 2020年4月19日付)。

細かい唾液が飛び散りやすい「食卓」は感染のリスクが高いと専門家は指摘する(画像:写真AC)

 また米イエール大の試験で、PCR検査の際、咽頭(いんとう)をぬぐうよりも唾液から検出されたウイルス量が約5倍だったという報道もありました。

 3食とも食卓を囲む家族は特に心配かと思います。同教授は「理想的なのは、家族が“時間差”で食事をとり、同時にテーブルにつかないことです。大家族で難しければできるだけ人数を減らしましょう」と対策を提案しています。

 そんななか首都圏に住む筆者の家では、母が食事の時の飛沫感染の不安を口にするようになったのをきっかけに、予防的な観点から「時間差」で両親と筆者とが分かれて食事を取ることになりました。

 洗面所とトイレも別々です。まだ1週間ほどではありますが、短期間ながらいろいろな心境の変化があったので、今回は「家庭内別居生活」の体験談、そのメリット・デメリットを報告します。

家庭内別居で生じるメリット、デメリット

 簡単に、家族のメンバーとそれぞれの「外部との接触状況」を紹介すると、リモートワークができない仕事に就いている父と、ご近所との屋外での交流が多めの母、そして買い物を担当するようになった筆者です。

 1年のうち半年はイギリスでのノマドワーク(デジタル機器を用いてオフィス以外の場所で仕事をする働き方)で家にいない筆者ですが、2020年は新型コロナの影響で出国が遅れています。

 家族仲は比較的良好なものの、外出自粛が続く中でほんの少し気づまりを感じつつあったというのが正直なところです。両親は70代で高齢かつ持病持ち、筆者自身は「新型」を含めインフルエンザにかかりやすい体質であることから、初期の段階から新型コロナを警戒していました。

 問題が生じたのは、食事を「時間差」で取ることを決めた初日の朝のこと。

 これまで好きな時間に台所に向かっていたのですが、今後は両親の朝食が終わるまで待たなければなりません。さすがにもう食べ終わっているだろうと思われる時間に向かいましたが、ふたりはまだ食事中でした。

家族と食事の時間をずらすことで生じる不都合は、思いのほかいろいろある(画像:写真AC)



 翌朝は、両親より先に食べようと思い、5時過ぎに台所に向かったのですが、すでに母が調理をしていて入れず、結局食事が終わるまで2時間以上待つ羽目に。その次の朝は、両親が遅い時間帯に朝食をスタートさせる計画を知らなかったため、こちらはさらに待つことになりました。コミュニケーション不足によるトラブルです。

 筆者は食事制限をしているため3食とも自身での調理が必要で、場所を分けて食事を始めることはできません。朝食だけでなく、昼食、夕食とも3日間、おなかをすかせて相手の食事が終わるのを待ち続けました。

 両親ふたりには、待たせているというプレッシャーがあるものの、今まで通りの生活スタイルを通していて、食事の時間帯が変わったのもこちらだけ。「負担のあるこちらのことも考えてほしいよ」と不満を言うと、「仕方ないでしょ」と向こうも怒り、けんかになってしまいます。

 問題はさらに発生します。

つい相手を避けてしまう無意識の振る舞い

 両親と入れ替わりに台所に入ると、筆者は窓を開けて(相手には換気をお願いしていたのですが、窓は閉まったまま!)、次亜塩素酸水で消毒。テーブル、冷蔵庫、ポット、電子レンジのハンドル、クッキングヒーターのスイッチ、蛇口のハンドル、テレビやリモコンのスイッチ、さらに冷蔵庫内の、家族が触ったであろうヨーグルトのケースなどを拭いていきます。これを毎食時前に行います。

 筆者はもともと清潔を好み、除菌ティッシュも日常的に使うのですが、「時間差」を取り入れたことにより家族との「心の距離」が生まれ、彼らが触るもの全てをきれいにしなくてはという意識が生まれてしまったのです。当初は、たとえ筆者が感染したとしても、重症化しかねない両親にだけは絶対うつしてはいけないと、そう思う気持ちの方が強かったのに、です。

 そんななか、ふいに父と距離が近づいた際、ついサッと身をかわしてしまい「そんなに避けなくてもいいじゃない……」と悲しげに言われてしまいました。

 これは、役割通りに演じることが心理にも影響を及ぼしたという米スタンフォード大学の心理実験のようです。日常に決められた振る舞いが、知らぬ間に自分の感情にも強い影響を及ぼしていました。

テーブル、冷蔵庫、ポット、電子レンジ……除菌を徹底したい場所は、挙げ始めればキリがない(画像:写真AC)



 世界で最も感染者数の多い米ニューヨークでは「人を見たらコロナと思え」というムードがまん延していると、現地在住の女性ライターが報告していましたが、そうした意識が気づけば家族相手にも向くようになり、また他人ではなく家族であるだけに「建前」のないあけすけな態度を取ってしまっていました。

「別居」によって、家族のコミュニケーションも減ります。これまでは夕食時に家族皆でニュースを見ながら1時間以上会話をしていたのが、基本的に、会話はドア越しに必要事項を話す程度になりました。

 孤独を感じつつ、ついつい両親を避けてしまう自分の冷たさにも落ち込む日々。家庭内感染の予防のために「別居生活」をするのなら、事前の取り決めや信頼関係が大切だと痛感しました。

家にいながら「自由な時間」を手に入れた

 しかし、その後はピンと張ったような緊張が少し緩んでいきます。食事の時間に関しては、「いつまでには場所を譲ってほしい」と要望を出し、さらに筆者が起床時間を遅くするように調整することで解決に向かっています。

 そして、家族と行動を別にするようになって良かったこともあります。

 実はこれまで、両親に合わせて早い時間に開始していた夕食時刻(17時台、場合によって16時台!)を、後にずらせることになり自由を感じました。また夕食時に家族一緒に過ごす時間が長く、ひとりでニュースを見て考え事をする時間も欲しいなと感じていたので、それも解消されることになりました。

入浴時間がずれたことで、これまで見られなかったテレビ番組を食事中に見られるように。自分の自由時間も増えた(画像:写真AC)



 これまでは入浴は食後でしたが、両親が食事をしている間に充てることにしたので、食前の明るい時間に変わりました。入浴後の食事時に見るテレビ番組は、これまで入浴中で見られなかったもの。そういったちょっとした変化が新鮮なのです。こういった「プラス部分」は実践4日目くらいから強くなってきました。

 家庭内別居を始めて1週間、両親が感じているところを聞いてみました。

 やはりこの生活をするようになってから、筆者もしくは自分のどちらかが感染しているような気分になったそうです。

 そして、食卓に筆者がいない寂しさはあるものの、夫婦だけの方がもちろん気楽という告白が。少々ショックでもありましたが、気楽さを感じているのはお互いさまと判明。感染予防が一番の目的ではありますが、取りあえず当面はこの生活を続けることになりました。

工夫を重ねて見つける「わが家の最適解」

 このようにわが家の場合、家族関係がいったんは悪化しましたが、日を重ねて工夫を凝らすことで徐々に良い方向に向かっています。

 たとえ家族でも、あまりに密になり過ぎるとストレスがたまるもの。食事の時間帯もしくは場所を分けるなどして、距離を置く、個人行動を増やすなどすれば、そのストレスは緩和できるでしょう。煮詰まった関係には、変化が必要です。

 感染予防にも、息抜きにも。また実際に感染し、病院やホテルに入れない場合のための「練習」にも、家庭内別居を検討してみてはいかがでしょうか。

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