昭和の小学校に必ずあった「家庭訪問」が知らぬ間に姿を消したワケ

印象的な昭和時代の小学校の思い出――そのひとつが「家庭訪問」です。そんな家庭訪問は現在その姿を消しつつあります。一体何故でしょうか。エデュケーショナルライターの日野京子さんが解説します。


概念は明治時代からスタート

 家庭訪問は昭和30年代以降に定着したイメージがありますが、その概念は明治時代にまでさかのぼります。

 1891(明治24)年に公布された「小学校教則大綱」には

「学校ト家庭ト気脉ヲ通スルノ方法ヲ設ケ相提携シテ児童教育ノ功ヲ奏センコトヲ望ム」

と書かれています。要は、学校と家庭がしっかりと連絡を取り合うことが、子どもの教育にプラスになるというわけです。

 学制(学校教育に関する制度の規則)が発布されたのは1872年ですから、20年もたたないうちに上記の方針が打ち出されていたことが分かります。小学校教育の黎明(れいめい)期に、このようなことがあったのは注目に値します。

学齢児童の就学率の推移(画像:文部科学省)




 小学校教則大綱が公布された1891年当時、小学校の就学率は

・男子:66.7%
・女子:32.2%

と、決して高いものではありませんでした。

 当時は就労している子どもや就学への理解を持たない大人も多く、通学を働きかけるには、家庭に出向いて説得するしか術はありませんでした。

 2013年に発表された「戦前日本の「家庭又ハ其ノ他」における教育」(東北大学大学院教育学研究科研究年報・第62集・第1号)には、明治40年代、町・村長や学務委員、学校長らが不就学児童に対して家庭訪問を行い、就学を勧める話が記されています。

現在は「戸口訪問」「児童の住居確認」


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