浅草駅とともに70年 旅客の荷物を運び続けた「最後の赤帽」をご存じか

かつて東京のターミナル駅構内には必ず、旅客の荷物を運ぶ「赤帽」がいました。その歴史について、ルポライターの昼間たかしさんが解説します。


最末期の日給は約5000円

 しかし、そんな赤帽の需要は次第に失われていきます。

 大きな変化のひとつは、新幹線の開業(1964年)です。これを境に旅行の移動時間は短縮され、乗客の抱える荷物の量も減っていきます。さらに宅配便のネットワークが全国に張り巡らされるようになると、需要はさらに少なくなりました。

 赤帽は2000(平成12)年の時点で、全国にわずか13人。配置駅もJRでは、

・東京駅
・上野駅
・名古屋駅
・京都駅

だけで、最も多い東京駅でも5人でした(『朝日新聞』2000年4月20日付夕刊)。また、赤帽に荷物の運搬を頼む人もほとんどいなくなっていました。

東京駅(画像:写真AC)




 ちなみに赤帽は鉄道会社の職員ではなく、鉄道会社と契約を結ぶ関係でした。東京駅の場合は

「東京駅構内手廻(てまわ)り品運搬組合」

という名称で、1年ごとにJRと営業契約を結び、売り上げを人数で分ける日給制。最末期の運び賃は300~400円で、1日の収入は約5000円でした。

 そんな東京駅の赤帽ですが、2001年に最長老となる70歳のスタッフが引退を決意したことで、全員が退職。同年3月31日でその歴史に幕を閉じました。その後、最後まで残っていた岡山駅の赤帽が2006年に引退。時刻表からも赤帽の配置駅の表記は消え、日本の赤帽は消滅したとされていました。

 しかしその後も、東京には少しの間、赤帽の歴史が続いていたのです。それが、東武浅草駅にいた赤帽でした。

最後に残った赤帽の人生


【写真】2001年撮影! JR東京駅で荷物を運ぶ「赤帽」

画像ギャラリー

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