戦後のJR大森駅西口、廃れゆく「人力車」を最後まで引き続けた男性の生涯とは

華やかできらびやかな街というイメージが強い東京。しかし、大通りから1本路地に入れば、そこには昔懐かしい住宅地が広がり、名も知らぬ人々がそれぞれの人生を生きています。今回紹介するのは、かつて大田区の駅前で人力車を引き続けた男性の生涯についてです。


ひいきのお客をたくさん抱えて

 ひいきの客はいろいろで、一番は同区山王の闇坂(くらやみざか)にあった病院。院長はじめ患者から毎日のようにお呼びがかかった。

 急な坂道なので田代さんは決して慌てず、慎重の上にも慎重で、掛け声を出してジグザクに走っていたそうです。

大田区山王の闇坂(画像:写真AC)

 建物に引っかけたり、通行人にぶつかったり、ひっくり返ることなど絶対にあってはなりません。

 山王1丁目には、元首相・芦田均氏(1887~1959年)の自宅もありました。

『芦田日記』の1945(昭和20)年11月8日には「大森駅から人力に乗って急いで家に帰った」旨の記載があります。

 今では確かめようがありませんが、もしかしたら、これは田代さんの人力車だったかもしれません。

安全と礼儀作法を重んじた職業


【画像】令和の最新スタイル「オンライン人力車」って何?

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