昭和の小学校に必ずあった「視聴覚室」「LL教室」が知らぬ間に姿を消したワケ

先日、ツイッターで話題になった「視聴覚室」。その歴史について、「LL教室」とともにエデュケーショナルライターの日野京子さんが解説します。


戦前からあった視聴覚学習

 教育の場での写真や動画教材活用の歴史は古く、明治から導入されています。

 1911(明治44)年、文部省(現・文部科学省)に通俗教育調査委員会が設置され、その任務として「幻燈の映画および活動写真のフィルムの選定・調製・説明書の編集」などが含まれていました。

 通俗教育とは現在の社会教育で、大衆文化として当時浸透してきた映画が教育を広く、容易に行える手段として利用されていたのです。

視聴覚室のイメージ(画像:写真AC)

 終戦後は、連合国軍総司令部(GHQ)の組織のひとつである民間情報教育局(CIE)によって映画上映が各地で行われました。これは「ナトコ映写事業」と呼ばれるもので、日本の戦前からの文化・思想を大きく変えるきっかけになりました。

 文部科学省の「学制百年史」には

「教育映画についてみると、ナトコ映写事業はわが国の独立回復とともに廃止されたが、その機材はほとんどそのままわが国に譲渡されて、都道府県が自主的に社会教育活動の促進に利用できるようになった」

と記載されています。

 こうした歴史的背景もあり、戦後の公教育の体制が整備されていくなかでも、映画を筆頭とした教材は廃れることなく引き継がれていったのです。そして、学校で視聴覚の教材が活用できるよう視聴覚室も整備されていきました。

もはや伝説と化した「LL教室」


【画像】40年前の「LL教室」を見る

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