目黒不動尊前にひっそり佇む「ミステリアスな塚」の正体

東京の五色不動として知られる目黒不動尊。その門前にある「白井権八・小紫の比翼塚」はいったいどのような塚なのでしょうか。フリーライターの県庁坂のぼるさんが解説します。


虚無僧になった権八

 埼玉県鴻巣市や熊谷市に、権八延命地蔵があります。これは江戸へ逃亡する途中、金に困った権八が通りすがりの商人を殺して金を奪ったとき、路傍の地蔵に「今の事は他言してくれるな」と拝んだといわれているものです。

 真偽はわかりませんが、そのような伝説が作られるほどの大事件だったわけです。ちなみに、権八の願いに対して地蔵は

「吾(わ)れは言はぬが 汝(なれ)言うな」

と答えたという話もあります。

 ともあれ、悪の栄えた試しなどありません。ことが露見した権八は逃亡を図り、仁王門の辺りにあった普化宗(ふけしゅう。禅宗の一派)の東晶寺にかくまわれました。

 ここで改心した権八は死ぬ前にもう一度両親に会おうと、虚無僧になって鳥取に帰ります。しかし両親は既に死んでいました。かくして、観念した権八は江戸に戻って自首し、鈴ヶ森で処刑されたのです。ときに1679(延宝7)年のことでした。

目黒区下目黒にある「白井権八・小紫の比翼塚」(画像:(C)Google)

 権八が死んだことを知った小紫は東昌寺の権八の墓前で自害します。これを哀れんだ僧侶がふたりの亡きがらを葬り、前述の比翼塚を建てたというわけです。

歌舞伎の題材になった権八

 この物語はのちに脚色されて、『浮世柄比翼稲妻』という歌舞伎の題材に取り上げられます。

 白塗りの美少年・白井権八が、駕籠(かご)かきに「江戸市中まで」と頼み、鈴ヶ森へとさしかかります。強盗まがいの駕籠かきたちは、ここで権八を下ろして金品を奪おうとするも、それを次々と切り捨てる権八。

 そこに通りがかったのが、侠客(きょうかく)・幡随院長兵衛(ばんずいいんちょうべえ)。

「お若えの、お待ちなせえやし」

と問われ、

「待てとお止めなされしは、拙者がことでござるかな」

と答えるのは、よく知られた名場面です。もちろん、すべてフィクションです。

実はさほど歴史がなかった?


【画像】明治初期の「目黒不動尊」

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