直線距離110km、群馬県から「東京2大タワー」見えた! 感動の夜景に1.5万人「関東平野まじで高低差ない」

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直線距離110km、群馬県から「東京2大タワー」見えた! 感動の夜景に1.5万人「関東平野まじで高低差ない」

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あっと驚く衝撃の場面、感心させられる発見や豆知識、思わず涙を誘う感動の出来事……。SNS上では毎日、新鮮な話題がいくつも発信されています。そのなかから「東京」に関連するものを厳選してご紹介します。

群馬から肉眼で見えたスカイツリー

 群馬県前橋市にある赤城山から、東京都心の夜景が見えた――。

 あるツイッターユーザーが投稿した1枚の画像が、多くのフォロワーたちを魅了しています。群馬の高地から見下ろす関東平野の奥に、東京スカイツリー(墨田区押上)や東京タワー(港区芝公園)がはっきり映り込んでいるのです。

 投稿したのは提灯鮟鱇さん(@tyoutin_ankou_)。

「群馬県の赤城山から、スカイツリーと東京タワー、東京高層ビル群が撮れて、ほんとに感動してる…。スカイツリーに至っては、肉眼でも見えた!!!」

「関東平野って、ガチ真っ平ら。ずっと光が絨毯(じゅうたん)のように続いてるチート地形だ!!!」

群馬県の赤城山から撮影した関東平野と東京方面の夜景(画像:提灯鮟鱇さんのツイート)



 そんなつぶやきを添えた画像には、向かって左奥にスカイツリーを、右奥の地平線上には東京タワーを確認することができます。

 チートとは「裏技」や「隠し機能」といったニュアンスを含む“すごさ”を表すインターネットスラング。たしかにもしも関東平野のエリアに山脈があったなら、直線距離で110km以上離れた群馬県から都心を見晴るかすことはできなかったでしょう。

 この投稿には他のユーザーたちからもさまざまな反応が寄せられて、

「うわー本当に真っ平らだ!!」
「関東平野まじで高低差無い」
「東京圏のデカさがいい意味で異常なぐらいわかる」
「これがグンマーの実力!」

と大パノラマに感動する人もいれば、

「赤城のひいおばあちゃんは生前、空襲で東京が真っ赤に燃えるのが見えた、と言っていた」

と、かつて戦争体験者から聞いた話を思い出す人も。また、2021年10月現在TBSテレビ系で放送中のドラマ『日本沈没』になぞえらえ、

「これが全部沈んだら目の前海か」

と作中で取りざたされる“関東沈没”の地形的な信ぴょう性に思いをはせる人まで、さまざまでした。

投稿者「ただただ驚きと感動」

 写真を撮影・投稿した提灯鮟鱇さんに話を聞きました。

――撮影した日時を教えてください。

「2021年10月23日(土)です。23時過ぎ、撮影してすぐ投稿しました。『鳥居峠』という場所です。広めの駐車場もあり、展望台も整備されている旧登山鉄道山頂駅跡地で撮影しました」

群馬県前橋市の赤城山(画像:(C)Google)



――夜景の撮影のために行ったのでしょうか。

「翌朝の日の出と、紅葉を見に行きました」

――当日夜の天候はいかがでしたか。

「夜は気温が2度くらいで風もあり、とても寒かったです。写真を撮っていると指先の感覚がなくなるくらい寒かったです!」

――スカイツリーと東京タワーを発見できたときの第一印象を教えてください。

「予想もしてなかった景色が写っていて、とても感動しました! こんなに離れた場所から、東京の中心部が分かることに、ただただ驚きました」

――群馬県からも肉眼で見えるスカイツリー、あらためてその大きさ・高さを感じさせられますね。

「スカイツリーは、近くで見てももちろん高いな~と思いますが、遠く離れてもはっきり分かることに、あらためて634mのずば抜けた高さが実感できました」

――ちなみに提灯鮟鱇さんは、スカイツリーと東京タワーどちらがお好きですか。

「昔は断然東京タワーのほうが好きでした。ただ、スカイツリーを見たり、写真を撮ったり、上ったりするうちに、スカイツリーも同じくらい好きになってきました。今はどちらが好きか、選べないです!」

家康が礎を築いた関東平野の発展

 提灯鮟鱇さんが今回の写真を撮影したという赤城山の鳥居峠は、標高約1390m。それぞれのタワーまでの直線距離は、スカイツリーが約117km、東京タワーは約114kmです。

赤城山の鳥居峠(画像:写真AC)



 とりわけ赤城山から肉眼でも見えたスカイツリーは、世界一高い自立式電波塔。

 高さ634mは「むさし」の語呂合わせになっていて、「旧国名のひとつで、東京・埼玉・神奈川の一部を含む大規模な地域を指す武蔵国を連想させる」ことから決定したのだといいます(参照・東京スカイツリー公式サイト)。

 東京だけでなく関東一帯のシンボルのひとつであるという存在感をあらためて感じさせられた提灯鮟鱇さんの投稿写真。

 さかのぼれば1603(慶長8)年、征夷大将軍に任じられた徳川家康は、当時東京湾へと流れていた利根川を銚子から太平洋へと流し込む「利根川東遷」をはじめ、大規模な土木工事を次々に敢行しました。

 湿地帯だったとされる江戸一帯から水害をなくすことにより、関東平野の耕地は劇的に広がり、江戸は一大消費地として発展を遂げていきました。

 令和の現代、まばゆい夜景が広がる関東平野も、420年以上前の治水工事が礎となったことに思いをはせると、1枚の投稿写真の深みがより増すように感じられます。

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