都会のカフェチェーンで「勉強する人」をやたら見かける理由

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都会のカフェチェーンで「勉強する人」をやたら見かける理由

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田中大介

日本女子大学人間社会学部准教授

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東京を始めとする大都会のカフェチェーンに行くと、必ず見かけるのがパソコンで勉強をしている人たちの姿です。彼らはなぜカフェチェーンにわざわざ行っているのでしょうか。日本女子大学人間社会学部准教授の田中大介さんが解説します。

カフェでの勉強は合理的ではない?

「長時間の勉強はご遠慮ください」

 カフェではしばしば、このような表示を見かけます。特に都市や市街地のカフェチェーンで掲示されていることが多いです。カフェで周りを見回してみると、確かに勉強をしている人が大勢います。最近では「勉強カフェ」を名乗る時間制料金のレンタルスペースもあります。

カフェで勉強・仕事をする人のイメージ(画像:写真AC)



 なぜ、都市の人はカフェで勉強するのでしょうか。自宅であれば人目を気にせずリラックスして勉強できますし、図書館であれば静かに集中して勉強するのに最適です。自習室があるところも少なくありません。そもそもこれらの場所は出入りに金銭の支払いの必要がない無料の空間です。

 また、客に少ない注文で店内に長時間滞在されることは、顧客の回転率(1日の来客数÷客席数)を上げて、利益を確保しなければならない企業側にとって悩ましい問題です。

 そのため「もうからないので早く店を出てください」とはなかなかいいにくそうですが、「お待ちのお客さまへの配慮」ということで冒頭のようなメッセージが出されることになります。

 そう考えると、

・わざわざ街に出て
・お金を払い
・人目も雑音もある環境で
・お店側のお願いや他の客の迷惑を無視してまで

勉強をすることは、かなり不合理な行動のように見えます。

「スマートに勉強する自分」を演じる効果

 国内カフェ業界のトップに君臨しているのは、シアトル系やセカンドウエーブなどと表現されるスターバックスです。

 スターバックスやその影響を受けた近年のカフェチェーンは、インテリア、椅子やテーブル、カップやお皿、スイーツやデニッシュ、スタッフの制服などのデザインを統一・調和させて、洗練された雰囲気と空間を作り上げています。

東京都内にあるスターバックスのイメージ(画像:写真AC)

 すてきな空間でおしゃれな装いをして、最新のドリンクやスイーツを楽しみ、SNS映えを意識する――そんな目的をもって訪れる人たちがいるカフェは、人目のなかで自分を演出する「演劇性」の高い空間だといえます。

 そういう場所で勉強する人たちは、「スマートに勉強する自分」を演じることに酔っているだけとやゆされることもありそうです。そんな不純なことに気を取られず、真面目にやれ、と。

 とはいえ、適度に人目と雑音があるなかで「スマートに勉強する自分」を演じることは、「勉強や仕事する自分になる」ことでもあるのではないでしょうか。彼らは、人のまなざしを通して気持ちのモードを切り替え、そのように背伸びをしてモチベーションを維持しているのかもしれません。

セルフ方式という空間

 それならば、無料で利用でき、集中して勉強や読書をする人がたくさんいる図書館に行けばいいと思いますが、図書館はマナーに厳しい、振る舞いが抑制された空間です。真面目に勉強や読書をしなければ、という緊張感や拘束力があります。

 自宅だと人目を気にせず緩んでしまうし、図書館はマナーを意識するあまり抑制が強い――もう少し気楽に「スマートに勉強する自分」になるにはどうしたらいいのか。そんなとき、カフェだったらリラックスとテンションをほどよくあんばいできる空間になり、カフェチェーンであれば都市に多数存在するため、すぐにアクセスできます。

カフェで勉強・仕事をする人のイメージ(画像:写真AC)



 また、近年のカフェチェーンの多くがセルフ方式である点も重要です。

 昔ながらのフルサービス方式の喫茶店だと、店員が注文を取るために店内を見回し、案内・給仕で店内を動き回っています。その役割がオーナーや店長であれば、いつも同じ人がその空間を管理することになります。

 一方、セルフ方式の場合、最初に飲食物を購入すれば、あとはおおむね放っておいてくれますから、自分のやりたいことに集中できます。カフェチェーンの店員はアルバイトも多く、比較的入れ替わりが頻繁です。そのため、同じ人がいつも見ているという緊張感も相対的に少なく、長居しやすくなります。

 ちなみに1980年代に喫茶店の事業所数は15万店舗台でしたが、2010年代後半以降になると6万店舗台に減少しています。ただし減少したのは個人経営の喫茶店で、カフェチェーンの店舗数は1位から10位までの企業で計約6000店舗以上となり、カフェチェーンの占有率が高くなっています。

 近年のカフェは「流動性の高い匿名的な空間」になることで、長時間、自分のことに集中する人たちを自ら呼び込んでいるともいえそうです。最近ではWi-Fiやコンセントを設置するお店も多いため、長時間滞在と回転率のバランスは永遠の課題なのかもしれません。

「有料」が及ぼす効果

 さらに、こうしたカフェが飲食代を先に支払う必要がある「有料」の空間であることにも意味がありそうです。

 自宅や図書館のように無料の空間なら、飲食代は支払う必要のないお金です。払わなくてもいいのに払っているというのは、心理学でいう「認知的不協和(個人が持つふたつの認知の間に不一致、不調和が生じること)」の状況です。

図書館に勉強・仕事をしにきた人のイメージ(画像:写真AC)

 しかし、その認知的不協和を解消すべく、

「せっかくお金を払ったのだから、そのコストを無駄にしないよう集中しよう」

と考えるようになったらどうでしょうか。それもまた、積極的に勉強する理由になりそうです。

 一般的に勉強は「やりたくないこと」ですし、そのモチベーションを上げることも簡単ではありません。なにか理由を求めてしまうものです。

 だとすれば、その理由やモチベーションのリソースとして、先ほど書いたカフェの「演劇性」や先払いのコストが使われているのではないでしょうか。やりたくないことに、ちょっとだけ「やりたい理由」「やる言い訳」を付け加えてくれる空間でもあるわけです。

現代社会に潜む快適さへの欲望

 このように近年のカフェチェーンは、飲料・食品といった商品だけではなく、その居心地が重要な価値の源泉になっています。

 それを時間・空間という商品として展開した業態が、冒頭の時間制料金の勉強カフェなどを始めとするレンタルスペースです。それほど大きなビジネスとはいえませんが、住宅などの私的空間や図書館などの公的施設ではなく、カフェのような都会的な空間で気楽に集中したい――そんな都市への欲望が、現代社会には潜んでいることがわかります。

現代都市・東京(画像:写真AC)



 ただし、こうしたビジネスの広がり、そしてその背後にあるカフェでの長時間の居座りという問題は、現代都市にほかに良い居場所があまりないことの裏返しです。

 例えば、気楽に使えて、居心地の良いコミュニティー・スペース的な空間はそれほど多くはありません。あったとしても、もっと洗練された流行の空間にいたいと思う人もいるでしょう。

 現代都市では、まだまだ個人がある程度のお金を払って居場所を確保する必要があるようです。

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