なぜ渋谷駅の地下商店街「しぶちか」には昔ながらの小さなお店が並んでいるのか?

渋谷駅地下にある渋谷地下商店街、通称「しぶちか」。7月のリニューアルオープンで再び注目を集めましたが、そもそもどのような経緯で作られたのでしょうか。フリーライターの大居候さんが解説します。


露店から地下街へ

 そうしたなかで、ヤミ市が盛んだった地域では行政と交渉し、場所を得て、商売の継続を求める動きが見られるようになります。代表的なものが秋葉原のガード下の店舗群ですが、渋谷区の場合は地下街として出発することになりました。

 露店から地下街への移転案は、資料によると渋谷区が提案し東京都から建設許可を得て進められた事業でした。

 東京都はGHQの指令を受けて、露天商に対し転業の場合は資金を貸し付け、移転して商売を継続する場合には代替地のあっせんなどを行いました。1950(昭和25)年6月の段階で、渋谷区では露店383軒のうち94人が転業、残留業者289人のうち靴磨きと代替地が決まった52人を除いた195人が、9月以降に露店での営業を禁止されたと資料には記されています。

 この代替地が渋谷地下商店街ですが、そこに加わることができなかった露店はどうなったのかも気になります。露店整理令の後、井の頭線のガード下には新たに露店ができていたという証言もあるため、どうも許可が曖昧なまま、露店の継続も一部見られたようです。

 ともあれ、渋谷区では区の発案で地下街を建設し、移転する案がまとまります。このとき、飲食店は地下ではなく、別に用意された土地へ移転することになり、現在も続く「のんべい横丁」が生まれることになります。

のんべい横丁(画像:写真AC)

 さて、露店の整理が行われたのは1950年ですが、この時点では、まだ地下街は影も形もありません。あくまで、これから建設する「予定」です。移転予定だった露店は、横浜市と交渉して野毛に一時移転して商売を続けます。

東急からの資金援助で「東洋一」に


【画像】50年前の渋谷駅

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