W杯&オリパラでも認知度アップ! 東京・府中市が「ラグビーのまち」になったワケ

近年「ラグビーのまち」として注目を浴びる東京・府中市。そんな同市ですが、いつごろからそのように認知されるようになったのでしょうか。フリーライターの小西マリアさんが解説します。


サークル活動から企業主導の社会人チームへ

 結果、チームは1977(昭和52)年に全国社会人ラグビー大会に初出場。1988年には同大会で初優勝を果たしています。つまり現在の強豪チームが生まれたのは、アマチュアチーム、いわば勤務時間外のサークル活動から企業主導の社会人チームへとかじを切ったからなのです。

東京サントリーサンゴリアスのウェブサイト(画像:東京サントリーサンゴリアス)

 一方、東京サントリーサンゴリアスは1980年の創立。こちら最初から社会人チーム志向で始まっています。同社がスポーツチームを持とうとするなか、創設者の大塚卓夫(のちサントリーフーズ社長)が、当時の社長・佐治敬三から「やってみなはれ」の一言で創部することになりました。

 東芝との違いは「拠点への意識」です。東芝の場合は工場があり、そこから始まったチームであるため、最初から「本拠地は府中」という意識がありました。

 対して、サントリーの本社は大阪。にもかかわらず府中に拠点を置くことになった理由は、武蔵野ビール工場(府中市矢崎町。現・サントリー 〈天然水のビール工場〉 東京・武蔵野ブルワリー)があり、その近くに福利厚生施設のサントリー府中スポーツセンター(同市是政)があったためです。

 そのような条件がそろっていたため、「たまたま府中に集まる」ようになり、本拠地となっていきました。

不利な条件を跳ね返したサントリー

 今では充実した設備を持つサントリー府中スポーツセンターですが、創立当初はナイター設備はあるものの、グラウンドは土のままで、雨のときは使えなかったといいます。

 また工場勤務を終えてすぐ練習に入れる東芝に対して、サントリーは各営業所で仕事を終えたあと電車で府中駅まで移動し、タクシーでサントリー府中スポーツセンターに向かうという苦労がありました。

府中市是政にあるサントリー府中スポーツセンター(画像:(C)Google)

 そんな努力の結果、1985年には全国大会初出場、1995(平成7)年に初優勝しています。

 このようにふたつの社会人強豪チームが発展した府中ですが、市民の間に「ラグビーのまち」の意識が本当に根付いたのは、これだけではないようです。

府中のラグビー史の行方


【画像】50年前の府中市

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