本物の島か、埋め立ての島か 晴海運河に静かに浮かぶ「中の島公園」の正体【連載】東京うしろ髪ひかれ地帯(16)

「東京23区唯一の自然島(自然にできた島)」は江戸川区の妙見島とされていますが、江東区にも自然島の可能性がある島があります。その名は「中の島」。都内探検家の業平橋渉さんがその謎について調べました。


「水中塔婆」の記述からわかること

 ここまでは6月27日配信のアーバンライフメトロの記事「通説「東京23区内の島は1つだけ」はウソ? 江東区の川に浮かぶ謎スポットを調べてみた」に書きました。

 さて、隅田川付近の歴史を知る上で欠かせない、豊島寛彰『隅田川とその両岸』(芳州書院、1962年)という資料があります。そこには以下の記述あります。

「相生橋を渡るとき、隅田川に目をやれば、水中塔婆が入り乱れて川波にゆらゆら動いている。その異様なさまは、人の命を奪った河水をうらんでいるようにも見え……」

 この文を読むと、読者は「水中塔婆」を知っていて当然という書き方をしています。当時はありふれた光景だったようですが、しかし現代人にはなんのことだかわかりません。

 この記述の部分に掲載されている写真には、川の浅瀬のようなところに無数の卒塔婆が立っている光景が写っています。水中塔婆とは、隅田川で命を落とした水死者を供養するものでした(現在は消滅)。地域の人に尋ねたところ

「かつて浅瀬が多く、この付近にご遺体が流れてきて引っ掛かることが多かったため、卒塔婆が多く建てられていた」

といいます。ただこれがどのようなしきたりだったかは、今となっては判然とはしません。

1936(昭和11)年中の島公園の航空写真(画像:国土地理院)

『隅田川とその両岸』では、さらに水中塔婆についてこう記しています。

「大正大震災後は急に塔婆の数も増した。塔婆は潮が満ちるとかくれ、潮がひくと大きくその姿をあらわして人の目をひいている」

 この記述を見ると、付近に浅瀬は多かったものの、潮が満ちたときには水中に沈むものばかりで、中の島公園もそうした浅瀬に盛り土をして生まれたものではないかと推測されます。

現在の公園になったのは1980年


【画像】上陸難易度はピカイチ! 伊豆諸島の「青ヶ島」

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