独自路線を爆走する「テレ東」 でも開局当初はエンタメ要素ゼロのお堅い放送局だった!

東京都内に多く存在するテレビ/ラジオ放送局。しかしそのルーツについて知る人は少ないです。今回は意外なルーツを持つ放送局をライターのミゾロギ・ダイスケさんが紹介します。


かつてのテレ東は娯楽番組を放送できなかった

 1959(昭和34)年の開局当時、日本教育テレビは全体の半分が教育番組、他の多くも教養番組の放送が義務付けられていました。

 しかし、民間の教育専門局ビジネスは失敗に終わります。経営難に陥った日本教育テレビは、例えば

「外国の文化を知ることができる」

というお題目で海外の娯楽映画を放送するといった具合に、教養番組の扱いを拡大するなどして、事実上の脱・教育専門局を目指します。

 1960年12月にはNETテレビと通称を改めますが、これも教育のイメージを薄めるためでしょう。

港区六本木にあるテレビ朝日(画像:写真AC)

 一方、東京12チャンネル(現・テレビ東京)は、1964年の開局当初、科学テレビとも名乗っていました。なにしろ日本科学技術振興財団(千代田区北の丸公園)という組織が母体であり、

・科学技術教育番組:60%
・一般教養番組:15%
・教養/報道番組:25%

とすることが開局の条件で、娯楽番組はほぼゼロ。そして、こちらも経営がうまくいきませんでした。

 結局、国はNETと東京12チャンネルの総合局化を1973年に認めることになります。そして、NETテレビは1977年にテレビ朝日、東京12チャンネルは1981年にテレビ東京に通称を改め、現在に至っています。

TOKYO FMも教育放送がルーツだった

 東京のラジオ局の中にも、意外なルーツを持つ例があります。現在はTOKYO FMと呼ばれるエフエム東京の前身は大学が作ったラジオ局でした。

千代田区麹町にあるエフエム東京(画像:(C)Google)

 前述のように、1950年代~1960年代前半の日本では、国が放送メディアによる教育の可能性を追求していました。この背景から、複数の大学が独自運営の超短波放送局、つまりFMラジオ放送局設立の準備を進める動きがありました。

 そのひとつに、1958(昭和33)年から実験放送が始まった東海大学によるFM東海こと、東海大学超短波放送実用化試験局がありました(当初は東海大学超短波放送実験局)。番組は同大学による通信制授業が主でしたが、広告収入を得ることが認められ、音楽番組も放送していました。

 ところが、国が方針を転換し、民間放送による高等教育に消極的になり、FM東海への風当たりを強くしたため、同局は閉局を余儀なくされます。その後を引き継いだのが、1970年に株式会社として設立された「エフエム東京」でした。

 なお、今も放送中の『JET STREAM』(1967年~)は、FM東海時代より続く番組です。  

文化放送の母体はカトリックの布教目的で誕生


【画像】テレ東がある六本木3丁目の「50年前の姿」

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