1日50万人が利用する「都営バス」 誕生のきっかけは100年前の関東大震災だった!

日々多くの人たちが利用する都営バス。その始まりは関東大震災の復旧からだったことをご存じでしょうか。解説するのは、鉄道ライターの弘中新一さんです。


みすぼらしいが便利だったバス

 当時、自動車が運転できることは極めて高度な特殊技術でした。東京市はまず1000人を採用、陸軍自動車隊や日本自動車学校、帝国自動車学校など、あらゆる機関を使って運転手を養成しました。

 こうして翌年1月12日には最初の1台が導入され、18日から営業運転が始まります。最初の路線は巣鴨~東京駅と中渋谷~東京駅の2系統でした。

 改造TT型フォードを最初に見た長尾局長は、思わず「ひどい」と驚いたそうです。なにしろ、震災前に東京市街自動車が使っていた車両(通称:青バス)が1台1万2000円だったのに対して、こちらは1800円という激安。トラックの側面に板を張って屋根にほろを張った、急ごしらえのものです。定員は11人で、屋根が低いため立って乗ることはできませんでした。

「円太郎バス」の特設サイト(画像:東京都交通局)




 そんなバスですが、明治の落語家の橘家圓太郎が乗合馬車をネタにしていたことにちなんで、「円太郎バス」と呼ばれるようになりました。今となっては「円太郎バス」はノスタルジックな言葉ですが、当時はあまりのみすぼらしさに「明治に戻ったのか」というやゆの意味も込められていました。

 一方、人気は上々でした。3月までには20系統の運行が始まり、1日平均で5万4000人が利用し、1日平均で6400円の売り上げがありました。

 こうして運行が始まった市営バスですが、同年6月には路面電車の復旧が完了し、廃止予定の7月を迎えます。

 しかしこの短期間に、多くの人が「バスは便利」と知りました。そこで東京市会は7月26日に存続を決定、台数を302台に減らし、9系統に整理して運行することに決めたのです。

1924年には女性車掌の乗務も開始


【画像】「円太郎バス」を見る

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