「東京ラーメンの原点 = あっさりしょうゆ味」は大間違いだった! 知られざる本当の味とは

古くからある東京ラーメンといえば、あっさりとしたしょうゆ味のイメージが強いでしょう。しかしその原点となる味は、現在と全く異なる物でした。食文化史研究家の近代食文化研究会さんが解説します。


來々軒の衰退

「「浅草へ行けば來々軒だ」と朝出る時に既に心の準備を整へて來る者が數(かず)限りなくあつたものだ」(石角春之助『浅草経済学』)

 明治時代末の創業から大正時代まで押すな押すなの大盛況だった來々軒。しかしながら、1931(昭和6)年頃には衰退の兆しが見えていました。

「淺草に入つて目に付くのはサシもの『來々軒』が往年の雑踏を呈さぬ現況です」

ラーメンを作る人のイメージ(画像:写真AC)




 雑誌『食道楽』昭和6年7月号のエッセー「帝都の美味オン・パレード」(三田白夜)によると、五十番や上海亭などのライバルに押されて、來々軒は往時の人気を失っていました。

あっさりしょうゆ東京ラーメンの台頭

 來々軒が衰退する一方で台頭したのが、あっさりしょうゆ味の東京ラーメン。

新横浜ラーメン博物館來々軒のらうめん(青竹打ち)(画像:近代食文化研究会)

 版画家の森義利は、1910(明治43)年に食べた人形町大勝軒(つけめんの大勝軒とは異なる系統)のラーメンの味を、次のように描写します。

「ここで売る支那そばは、中国の本格なものに比較したら、味はずっと和風に近い。スープの出汁は豚の骨からとったものではなく、特別に工夫してあったと思います。脂っこくない点が、下町の人の好みに合ったんでしょう」(森義利『幻景の東京下町』)

 脂っこくない和風ラーメンで人気となった人形町大勝軒。その後、のれん分けの店も含め、大勝軒の名を冠した店が東京中に増殖していきます。

 また東京に多く存在したそば屋が、大正時代にラーメンを出すようになります(平山蘆江『東京おぼえ帳』)。このそば屋で出していたのが、あっさりしょうゆ味のラーメンでした。

 1918(大正7)年生まれの風俗研究家・加太こうじによると、脂っこい従来のラーメンに変わって、このそば屋のあっさりラーメンが人気となったそうです。

「日本風の蕎麦(そば)屋が支那ソバを作ると、豚骨や鶏骨でスープを作らないから、汁の味が淡白である。それが好まれて、従来の中華風のソバは脂っこいとされた」(加太こうじ『江戸-東京学』)

あっさりしょうゆ味に転向した來々軒


【貴重画像】「淺草 來々軒」を見る

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