歌姫ユーミンを生んだのは「港区のレストラン」だった? 2009年楽曲から昭和の東京を振り返る

ユーミン2009年発表のアルバム『そしてもう一度夢見るだろう』。同作収録の「黄色いロールスロイス」を手掛かりに、音楽ライターの鈴木啓之さんが港区「キャンティ」、60年代の東京をひも解きます。


エンタメ界の図式を変えた「キャンティ」

 キャンティの常連客は、

・石津謙介
・岡本太郎
・三島由紀夫
・黒澤明
・三船敏郎
・勝新太郎
・石原裕次郎
・團伊玖磨(だん いくま)
・黛敏郎
・武満徹
・小澤征爾
・篠山紀信
・立木義浩
・伊丹十三
・石坂浩二
・加賀まりこ
・かまやつひろし
・堺正章
・井上順
・沢田研二

など、実にそうそうたる顔ぶれ。マーロン・ブランドやフランク・シナトラといった、世界的な俳優や歌手たちも来日の際に訪れて会食を楽しんだそうです。沢田研二らグループサウンズのメンバーや、加賀まりこ、石坂浩二らは最も若手の部類。なかでも最年少のなじみ客がユーミンでした。

 当時の渡辺プロダクション副社長(現・名誉会長、グループ代表)の渡邊美佐も常連客のひとりだったことから渡辺プロ関係者も多く、そのなかには後にアルファレコードを創設する作曲家の村井邦彦もいました。

「キャンティ」の所在地(画像:(C)Google)

 中学生時代からキャンティに出入りして川添夫妻にかわいがられていたユーミンが、デビューへと導かれたのは村井との出会いがあったから。渡辺プロ50周年の際の記念曲がユーミンとクレージーキャッツのコラボで作られた意義もお分かりいただけるでしょう。

 加藤&安井夫妻もこよなく愛したキャンティがもしも存在しなかったら、エンターテインメント界の図式はかなり違うものになっていたはずです。

60年代の東京の夜を想起するユーミンの楽曲

 話を戻して「黄色いロールスロイス」は、ユーミンが詞をつける際に加藤の姿をイメージしたことから、デュエットのオファーに至ったのだといいます。加藤はボーカルのみならずアレンジも手がけました。

在りし日の加藤和彦。画像は2002年発表の『Memories 加藤和彦作品集』(画像:ユニバーサル ミュージックジャパン)

 歌詞に特定の地名は登場しませんが、思い浮かぶのは六本木や飯倉周辺の風景。近くに大使館やアメリカンクラブが点在することから外国人の姿も多く、かつてあったハンバーガーインや、六本木野獣会など、1960年代の東京ナイトの風景を感じるのです。

『そしてもう一度夢見るだろう』という収録アルバムのタイトルにも、そんなタイムスリップ的な思いが込められている気がしてなりません。

ユーミンは同名映画から影響を受けた?


【画像】ユーミンを生んだ「港区のレストラン」

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_06-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_08-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_09-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_10-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_03-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_04-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210829_yellow_05-150x150.jpg

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画