東京の街から屋台が消えた理由――バブル期の「屋台村」誕生とともに振り返る

バブル絶頂期、都内では屋台が集まった「屋台村」がはやりました。その歴史について、フリーライターの大居候さんが解説します。


歌舞伎町と池袋、六本木にも出現

 この時期、都内では新宿区のビル建設予定地を3年契約で借り上げた「歌舞伎町屋台村」が、池袋駅北口前には大きなテントに8軒の屋台を並べた「池袋屋台村」がオープンしています。

 屋台村が盛り上がった結果なのか、1991(平成3)年に881店舗だった都内の屋台は、1992年に891店舗と微増しています(『産経新聞』1993年6月28日付夕刊)。

にぎわう屋台のイメージ(画像:写真AC)

 こうして屋台村が人気になると、今度は既存店舗が屋台村を名乗り始めます。

 六本木にできた「お江戸華屋台」は、ビル地下1階のカフェバーだった店舗跡の装飾をはぎとりコンクリートをむき出しにして、雰囲気を出しました。

 また屋台村の雰囲気は、男性だけでなく女性にも大いに受けました。店によっては客の6割近くが女性というところもあったほどです(『毎日新聞』1993年8月6日付夕刊)。

 こうした屋台村の魅力は安さはもちろんのこと、開放感から来る気安さや、隣のテーブルの人たちと気兼ねなく話せることでした。

 コロナ禍で人々の間にイライラムードがただようなか、この開放感や気兼ねなさはもっとも求められているものです。コロナ禍が明けて、皆でワイワイガヤガヤやりながら、心置きなく交流するのが今から楽しみです。


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