都心から約1300km! 海底火山「福徳岡ノ場」の噴火に熱視線が送られる理由

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都心から約1300km! 海底火山「福徳岡ノ場」の噴火に熱視線が送られる理由

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大島とおる

離島ライター

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8月13日に噴火した海底火山・福徳岡ノ場が話題になっています。その背景には何があるのでしょうか。過去の歴史も含め、離島ライターの大島とおるさんが解説します。

都心から約1300km離れた海底火山

 東京都の面積が少しだけ増えるのでしょうか――。

 都心から南へ約1300km、硫黄島近海の海底火山・福徳岡ノ場(ふくとくおかのば)が8月13日(金)に噴火し、新島が生まれたことが話題になっています。もっとも近い陸地は約6km離れた南硫黄島ですが、南硫黄島も「絶海の孤島」のため、福徳岡ノ場は広大な太平洋上に潜む火山といえます。

2021年8月の福徳岡ノ場(画像:海上保安庁)



 福徳岡ノ場は巨大な複合火山の一部です。この火山は、

・南硫黄島
・北福徳カルデラ
・北福徳堆(たい)

ほか、名称の付けられていない火山から成っています。その範囲は南北30km、東西約15kmに及びます。福徳岡ノ場はこのなかの北福徳カルデラの中央火口丘であることがわかっています。

 これまでの地形調査によれば、山体は円すい形で山頂部は平たんになっており深さ40mの火口があることがわかっています。

繰り返し誕生しては消滅する新島

 福徳岡ノ場の火山活動はもともと活発で、記録に残る範囲では、1904(明治37)年の噴火で新島を、1914(大正3)年の噴火で再び新島を、1986(昭和61)年の噴火でまたまた新島を誕生させています(いずれもその後消滅)。その後、2005(平成17)年と2010年にも噴火が確認されています。

2005年7月の福徳岡ノ場(画像:海上保安庁)

 気になるのは火山の名称です。

 通常、新しい海底地形は発見した船の船名が採用されます。例えば、観測船の遭難で知られる明神礁(みょうじんしょう)は、第11明神丸が発見したことによるものです。福徳岡ノ場も、漁船の福徳丸が発見したため、この名前が付けられています(『朝日新聞』1989年7月19日付朝刊)。

 名称の「岡ノ場」は、漁場としての名称に由来します。海底火山は海水中に含まれる栄養素を流動させることから、多くの魚が集まる天然の魚礁としての役割を持っています。明治以降、南方の漁場開拓が進むにつれ、海底火山が連なるこの海域には多くの漁船が集まるようになりました。

「岡ノ場」の意味

 こうして発見された天然の魚礁には、名前が付けられていきました。命名にどのような規則があったのかは判然としませんが、この海域には

・日吉沖ノ場
・海神南ノ場
・噴火浅根
・福神岡ノ場

などの名称が見られます。

 漁場には、

・○○場
・○○根

の呼称が使われることが一般的で、そのなかでも比較的水深の浅いところは

・○○岡ノ場

という名称になったようです。

福徳岡ノ場周辺の地質構造図(画像:海上保安庁)



 これまで新島が形成された時には、「新硫黄島」という非公式の呼称が生まれたこともありますが、前述のとおり、島はいずれも短期間で消滅。噴火は活発なものの、堆積したのが軽石だったために、短期間で波に洗われてしまったのです。

海底地形図が存在しなかった福徳岡ノ場

 そんな福徳岡ノ場は好漁場である一方、火山活動も活発なことから調査は進んでおり、海上保安庁が始めて開発したロボットによる観測が行われた場所でもあります。

 この試みが行われたのは、新島が現れた前回の噴火(1986年)が終わった後の1988(昭和63)年12月です。当時、福徳岡ノ場は詳細な海底地形図が存在しない、危険な海底火山でした。

1986年1月の福徳岡ノ場(画像:海上保安庁)

 海上保安庁は、1959年9月に明神礁の噴火を観測していた第五海洋丸が火山の噴火に巻き込まれて遭難する悲劇に遭っています。

 この観測も、最初に噴火を報告した第11明神丸の報告した位置と、海上保安庁の巡視船がその後確認した位置とに10カイリ(18.52km)以上のズレがあり、噴火位置を特定するために実施されていました。この事故の結果、観測船が活発な海底火山に接近して調査することは避けられていました。

調査を進めた観測ブイ「マンボウ」

 そこで海上保安庁が開発したのが、ロボット式の観測ブイ「マンボウ」でした。海上保安庁の測量船・昭洋に搭載されたマンボウは、遠隔操作で音波を使った精密測量を行いました。この結果、福徳岡ノ場の山頂部は水面下14m、すそ野は水深300m付近まで広がっていることや火口の形状も明らかになりました。

 これ以降、マンボウの活躍はめざましく、2010(平成22)年2月の噴火の際には新たに開発されたマンボウⅡを使って、噴火後の地形の観測を迅速に行っています。前述した南硫黄島・北福徳カルデラ・北福徳堆などからなる巨大な複合火山であることも、この観測によって初めて明らかになりました。

マンボウⅡ(画像:海上保安庁)



 こうして調査の続いている福徳岡ノ場一帯ですが、なかでも北福徳カルデラは16km×10kmと巨大であることがわかっています。これだけの規模のカルデラが形成されているわけですから、有史以前にかなり大規模な噴火があったはず。これからの研究に期待しましょう。

 過去の噴火による新島形成と消滅の様子を見ると、今回形成されている新島もそんなには長持ちはしないでしょう。それでも新島が誕生するというニュースに心が躍ってしまうのは、自然の力の雄大さを感じるからでしょうか。

噴火に熱い視線が送られるワケ

 最後に、冒頭の「東京都の面積が少しだけ増えるのでしょうか」という疑問に触れておきます。

2021年8月の福徳岡ノ場(画像:海上保安庁)

 2013年から活発な火山活動で島が拡大している西之島は、2019年9月に『東京都公報』で、新たな土地の発生が確認されたと告示され、東京都の面積に加わり、小笠原村の一部となっています。

 福徳岡ノ場も最も近い南硫黄島が小笠原村に所属しているため、恒久的な島が形成されたと認められれば、小笠原村の一部として東京都に編入されると考えられます。

 さらに、福徳岡ノ場に恒久的な島が出現した場合にはもっと大きな変化が起こります。国連海洋法条約に基づき、日本の領海が島の海岸線から12カイリ(約22キロ)拡大することになるのです。このことも、はるかな海上での噴火に熱い視線が送られる理由といえます。

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