赤レンガ造りの「東京駅」 一歩間違えたら、お寺のような「渋いデザイン」になっていた!

赤レンガ駅舎で知られる「東京の玄関口」、東京駅。そんな東京駅ですが、1800年代末~1900年代初頭の設計段階ではさまざまな案がありました。フリーライターの猫柳蓮さんが解説します。


周辺との調和が重視されたデザイン

 当時、丸の内周辺は既に洋風の建物が並ぶエリアでしたが、バルツァーはそうした風潮に反発していました。

 バルツァーのデザインは分かりやすく言えば、お寺のような瓦屋根が付いた、実に渋いもので、周辺との調和が考慮されていませんでした。現代においても、高名な建築家が用途を考えず、使い勝手の悪いデザイン重視の公共施設をつくることがありますが、このようなことは現代に始まったものではなかったのです。

 こうして東京駅の設計はバルツァーの手を離れ、辰野が手掛けることになりました。当時、辰野は

・日本銀行本店
・中央停車場
・国会議事堂

の三つの設計を手がけたいと公言していたこともあり、自然と辰野に決まります。

 辰野の設計は3案に及びました。当初依頼されたときの予算は42万円(当時)でしたが、後に65万円に増え、最後は250万円まで引き上げられました。

コンクリート製の階段(画像:写真AC)




 こうして潤沢な予算を使って、東京駅は1914(大正3)年に完成。現在の赤レンガ駅舎となっています。実際の建築にあたり、当時最新の技術だったコンクリートを使う案もありました。しかし、赤レンガを最終的に採用したのは周辺との調和を考えた結果だとされています。

 辰野にコンクリートの知識があまりなかったためという俗説もありますが、出典は明らかではありません。そもそも、海外に留学した経験のある辰野がコンクリートを知らないことはないでしょう。

もしコンクリートを使っていたら……


【1947年頃~現在】東京駅「丸の内口」の変遷

画像ギャラリー

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