バブル以降、ポップスの歌詞から「地名」が消えた理由――オメガトライブを通して考える

歌謡曲ではかつて多く地名の入った歌詞が歌われてきました。しかしバブルを経ると急激に減少。いったいなぜでしょうか。法政大学大学院教授の増淵敏之さんが解説します。


カルロス時代にから抽象化する歌詞

 カルロス・トシキがボーカルだった1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブはヒット曲を連発しました。すでに杉山時代とは作詞、作曲を行うプロジェクトメンバーも替わっていました。

 彼らの楽曲を聴いていてふと気がついたのですが、カルロス時代のオメガトライブの歌詞世界は前任の杉山時代と比べて、抽象化しています。いったいなぜでしょうか。

 杉山時代には、多少なりとも具体的な地名が書き込まれていました。材木座海岸から茅ヶ崎への国道134号線を走る「海風通信」、同じ国道で葉山を抜ける「ROUTE134」などです。

「海風通信」を収録した杉山清貴&オメガトライブのアルバム「AQUA CITY」(画像:バップ)

 しかし1986オメガトライブ時代以降になるとそのような歌詞は皆無になります。海は「湘南」ではなく、都会は「東京」を具体的には描いていません。

 前述したように杉山時代とカルロス時代以降は作詞、作曲家が変わっています。マーケティングを最重要視するファクトリーミュージックならではの、時代の変化に対する素早い反応が見え隠れします。その背景を見ていきましょう。

舞台が明確にされていない歌詞

 カルロス・トシキがボーカルを務めた1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブは、杉山時代の歌詞世界よりさらに海、リゾート色が強くなっています。

 ヒット曲の「君は1000%」はまさにマリンリゾートが舞台ですが、「アクアマリンのままでいて」では主人公の男性がビル街のなかで夏の思い出に思いをはせます。

1986オメガトライブのシングル「君は1000%」(画像:バップ)

 具体的な場所は明確にされていませんが、恐らく1980年代後半のバブルに向かう東京でしょう。

バブルが東京のイメージを変えた


【画像】現在の「杉山清貴&オメガトライブ」を見る

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