【戦後76年】「兄ちゃんはお星様になって」24歳の特攻隊員、戦地から“妹”へ送った遺書と「お人形」

2021年8月15日、終戦の日。先の大戦で命を落とした多くの人々に思いをはせる日です。ノンフィクション作家の合田一道さんが、24歳で戦死したある特攻隊員の“遺書”とそれが書かれた背景について紹介します。


「ありがとう 御礼を云ひます」

 文面を一読して、死に逝く兄が4日前に妹にあてた便りだと分かり、胸が熱くなりました。

 ところが便りはもう1通あり、次の文面に手作りの人形が添えられていたのです。

「御人形よ 風鈴よ 鶴よ
 はるばる遠くの島まで来て呉れて、毎日みんなを慰めて呉れたね、ありがとう 御礼を云ひます。」

「誰も居なくなったら 花蓮港のお母さんの処へ帰って 何時迄でも可愛がって貰ひなさい さよなら」

安原大尉の便りの一部(画像:合田一道)

 おやっ、と思いました。

 最初の便りでは、「御守袋(御人形の寝ている)も忘れずに連れて行く」とあるのに、その人形が残されていたのです。なぜでしょう。

 靖国神社の図録を読み、謎が解けました。

 安原少尉(当時)ら誠隊隊員は石垣基地から出撃する前、台湾の花蓮港飛行場近くの五十嵐トキさん宅で数日間を過ごしたのです。

 そのときの様子をトキさんはこう述べています。

「安原少尉は、ほかの隊員とともに元気に歌を歌ったり、千鶴子(小学6年生)を相手に、石けりやコリントゲームをして遊んだり、生きて帰れぬ人とはとても思えませんでした。私をお母さんと呼び、千鶴子を妹のようにかわいがってくれました」

人形を死地へ連れて行かなかったワケ


【画像】靖国神社に納められた「遺書」と「お人形」

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