広島原爆投下76年――爆心地から680km離れた東京に「被爆アオギリ二世」が植えられるまで

8月6日は「広島原爆の日」。戦争の惨禍や平和の意味についてあらためて思いを致す日です。そのきっかけのひとつとなるのが、東京など各地に植えられている「被爆アオギリ二世」の木。その歴史をチアライターの成田愛恵さんが辿ります。


広島の復興の象徴「被爆アオギリ」

 被爆樹木にはクスノキ、シダレヤナギ、ソメイヨシノなどさまざまな樹木が登録されています。なかでも「アオギリ」は、被爆の翌春に芽吹き広島市の人々に生きる希望になった樹木のひとつとされています。

平和記念公園内にある、被爆したアオギリ(画像:写真AC)

 アオギリは街路樹や公園、庭に植えられることが多く、樹皮が青く、葉がキリに似ていることから「アオギリ」と呼ばれるようになりました。冬には葉を落とし、初夏には黄色い花を咲かせ、緑と黄色のコントラストがさわやかな夏の到来を思わせます。

 被爆アオギリは広島市中区の平和記念公園内にあります。被爆当時は爆心地から北東へ約1.3kmの旧広島逓信局中庭にありました。広島市の記録では爆心地から被爆アオギリの間に遮るものがほとんどなく、爆風と熱線で枝葉がすべてなくなり、爆心地側の幹が半分ほど焼けたとされています。

 枯れ木同然だったこのアオギリは1946年春に再び芽吹き、その生命力が戦後復興へと向かう人々に勇気を与えました。

 被爆アオギリは復興に向かう人々の心を支えただけでなく、後世に平和を伝える木でもあります。広島市の小学生は平和学習の一環で被爆アオギリについて学びます。被爆アオギリから採れた種子から「被爆アオギリ二世」を育てている小学校もあります。

 アオギリは歌を通しても平和を伝えています。小学2年生(当時)の森光七彩さんが小学校での平和学習を元に作詞・作曲した「アオギリのうた」です。翌2001(平成13)年には広島市が募集した「広島の歌」でグランプリに輝きました。

 この歌は広島の小学生ならば平和学習や授業で一度は歌ったことがあるほど有名で、平和記念公園のアオギリの前には「アオギリのうた」を再生できる記帳台があります。

東京で平和を伝える被爆アオギリ二世


【画像ギャラリー】東京で育つ「被爆アオギリ二世」(3枚)

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2021/08/210805_hiroshima_05-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210805_hiroshima_06-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210805_hiroshima_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210805_hiroshima_08-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210805_hiroshima_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210805_hiroshima_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210805_hiroshima_03-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210805_hiroshima_04-150x150.jpg

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画