日比谷の顔「日生劇場」を手掛けた建築家・村野藤吾 生誕130年を機に振り返る

日本を代表する建築家のひとりで、2021年で生誕130年を迎える村野藤吾をご存じでしょうか。今回は村野が手掛けた都内の建物について、フリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。


1963年に完成した有楽町の日生劇場

 横浜市庁舎と同様に、村野が手がけた公共建築物として知られるのが目黒区総合庁舎(目黒区上目黒)です。現在、目黒区総合庁舎として使用されている建物は、もともと1966(昭和41)年に千代田生命保険の本社ビルとして完成しています。

 しかし、千代田生命保険は2000(平成12)年に経営破綻。本社ビルは売却されることになり、目黒区の総合庁舎となったのです。

 庁舎として使用するにあたり、改装・改修が施されているものの、車寄せの庇(ひさし)・エントランスホール・らせん階段などに村野のデザインが残っています。

 目黒区総合庁舎のほかにも、村野デザインの建物として人気が高いのは有楽町駅や日比谷駅から至近の日本生命日比谷ビル・日生劇場(千代田区有楽町)です。

百貨店として日本初の重要文化財となった日本橋高島屋は高橋貞太郎の設計だが、1952年以降に4回の増改築を実施。村野が増改築を担当(画像:小川裕夫)




 彫刻作品のような外観は、隣接する帝国ホテルや日比谷公園の緑ともマッチしています。有楽町・日比谷かいわいは、帝国劇場や東京宝塚劇場などがひしめく劇場街として知られています。

 これら多くの劇場は明治から戦前昭和に建てられていますが、日生劇場は1963年に完成。日生劇場は有楽町・日比谷かいわいの中で後発組ですが、醸し出される雰囲気によって新参舎という印象を与えません。

 有楽町には、村野がデザインした読売会館(同)もあります。現在、ビックカメラが入居している読売会館は1957年に完成。当時は百貨店のそごうが入居し、フランク永井が歌うテーマソング「有楽町で逢いましょう」は大ヒットとなりました。

 そうしたことから、読売会館は百貨店・家電量販店のイメージが強くありますが、建物上階はミニシアターやコンサートホールなどを備える劇場になっています。

2021年は村野の生誕130年


【画像で比較】横浜市の「新庁舎」「旧庁舎」、どちらが素敵?

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