五輪選手を多数輩出! 国学院と名前が似てる「国士舘大学」とはどのような大学なのか

大学群「大東亜帝国」のひとつ、国士舘大学。そんな同大の近年のイメージ変化について、教育ジャーナリストの中山まち子さんが解説します。


7学部14学科の総合大学へ

 戦後の混乱期の校名変更などを経て、体育学部体育学科の単科大学として国士舘大学は1958(昭和33)年に誕生し、現在に至ります。

国士舘大学の所在地(画像:(C)Google)




 現在は、

●政経学部
・政治行政学科
・経済学科

●体育学部
・体育学科
・武道学科
・スポーツ医科学科
・こどもスポーツ教育学科

●理工学部
・理工学科

●法学部
・法律学科
・現代ビジネス法学科

●文学部
・教育学科
・史学地理学科
・文学科

●21世紀アジア学部
・21世紀アジア学科

●経営学部
・経営学科

という7学部14学科の総合大学に変わり、2021年度は1万2386人の学部生が学んでいます。

硬派なイメージからイメチェン?

 国士舘大学といえば、前述の通り、格闘技系のスポーツ強豪校という硬派なイメージが強いものの、近年はそのイメージから脱却しつつあります。

 卒業生や在学生の出場競技の変化を見ると、1984(昭和59)年のロサンゼルス大会まではレスリングと柔道の2種目が大半を占めていましたが、1988年のカルガリー冬季大会でボブスレーに出場してから幅が広がりました。

国士舘大学の航空写真(画像:国土地理院)

 同年のソウル大会ではハンドボール、陸上、水泳の代表選手が誕生。弘山晴美選手は大学関係者として初めての女子代表選手となりました。弘山選手はアトランタ大会から3大会連続で陸上競技の代表としてオリンピックに出場し、国士舘大学の女性オリンピアンの草分け的存在となりました。

 それが分岐点となり、国士舘大学はシンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)や新体操といった、夏季オリンピックの華やかな競技の女子代表選手を輩出しています。

 現在の国士舘大学は、かつてのような硬派なイメージとは真逆のスポーツで結果を残すようになっています。

大東亜帝国の国はどこか論


【図表】卒業生の就職先

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